最新記事

中国

中国エリートが「マネロン」に走る訳

「重慶スキャンダル」をきっかけに露呈した、富裕層の資本逃避のすさまじさ

2012年6月4日(月)11時58分
ベンジャミン・カールソン

止まらない流出 莫大な資産を国外に不正送金する富裕層は増える一方だ Jianan Yu-Reuters

 中国の一部の富裕層にとって、莫大な財産をひそかに国外へ持ち出すことは、時に生死すら分ける危険な賭けだ。

 いい例が、失脚した重慶市共産党委員会の薄熙来(ボー・シーライ)前書記の妻、谷開来(クー・カイライ)だ。弁護士の谷は、イギリス人ビジネスマンのニール・ヘイウッドに数十億ドルの資金を不正に国外移転する計画を知られ、毒殺した疑いで身柄を拘束されている。

 谷の事件は特別センセーショナルだったとはいえ、中国富裕層の国外での不正蓄財は珍しいことではない。米民間研究機関グローバル・フィナンシャル・インテグリティー(GFI)のリポートによると、2000〜09年の中国からの不正な国外送金の額は2兆7400億ドル。世界2位のメキシコの5倍以上に達した。

 また中国の招商銀行とベイン・アンド・カンパニーの調査によると、金融資産1000万元(約1億3000万円)以上の中国人が国外に保有する資産の価値は、昨年末時点で5500億ドルにも達する。

「想像を絶する多額の資金が違法に中国から持ち出されている」と、GFIのエコノミスト、サラ・フレイタスは言う。しかも中国では、国外への不正送金は時として死刑にも相当する犯罪だ。中国の富裕な権力者たちは、なぜそれほどの危険を冒すのか。

国外流出する資金の20%は汚職の金?

 単純に国外の魅力的な資産に投資して儲けたい、という場合もある。だが中国エリートの多くは、政治の風向きが変わればいつ自分の財産が脅かされるか分からない、という不安にさいなまれている。失脚した場合に備えて、国外に財産を蓄えておきたいのだ。

 賄賂や横領、組織犯罪で儲けた金を隠す資金洗浄が目的の場合もある。香港のリスク管理会社CEOスティーブ・ビッカーズは、中国人が国外に移す資金の約20%は汚職の金ではないかと推定する。

 資金を移す方法はさまざまだ。簡単なのは、香港の送金業者を使うこと。彼らは中国に投資したい外国人と、国外に同じ価値の投資をしたい中国人を探し出し、口座の上だけで資金を移転する。書類は一切、残さない。

 仲介業者を雇って国外の不動産や骨董品、高級品などを買う手法も一般的だ。いざ現金が必要になったときに売却すれば、「きれいな資金」が手に入る。

 中国の中でもギャンブルが認められているマカオのカジノを利用して巨額の資金を洗浄し、さらに香港から海外に移転する方法もある。

指導部の世代交代も誘因に

 最後に、実体のないダミー会社を使って取引を隠す洗練された方法もある。いまだ闇に包まれたままの谷の手法は、どうやらこれに近いものだったようだ。

 彼女は「ホラス・L・カイ」という英名を使って2000年にイギリスに法人を作っている。ただし、何年も営業していたこの会社が金融取引を行った形跡はない。金融情報通信社のブルームバーグは谷が4人の姉妹と一緒に、香港と英領バージン諸島で総額1億2600万ドルの資産を管理していたと報じた。

 中国当局は資本逃避を食い止めようと派手な摘発も行ってきたが、問題は大きくなる一方だ。3月にも、北京の警察が資金洗浄を支援していた疑いのある6つの地下銀行から8億ドルを押収している。こうした地下銀行の摘発は、09年以降計150回に上るという。

 ますます増える中国の富裕層は、中国共産党指導部の10年に1度の世代交代を間近に控え、体制不安の懸念を募らせている。「中国マネー」の流出は今後も増え続けるだろう。

GlobalPost.com特約

[2012年5月 2日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

金総書記、プーチン氏に新年メッセージ 朝ロ同盟を称

ワールド

タイとカンボジアが停戦で合意、72時間 紛争再燃に

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中