最新記事

テクノロジー

IBM開発「脳チップ」が変える未来

人間の脳のように認知し、学び、行動する次世代チップはコンピュータの在り方を根底から覆す可能性がある

2011年8月22日(月)17時02分

知能の新時代へ 人間の脳の知覚力や認知力を模倣するIBMの新チップ(右)は、さまざまな分野への応用が期待される(YouTube)

 米IT大手のIBMは先週、画期的な次世代コンピュータチップの開発に成功したと発表した。実験段階ではあるものの、このチップは人間の「脳がもつ知覚力、行動力、認知力を模倣するよう設計されている」という。

 IBMが「ニューロシナプティック・コンピューティング・チップ」と呼ぶこのチップは、高度なアルゴリズムとシリコン電子回路を使用。生物の脳内と同様に、スパイキングニューロン(活動電位と呼ばれる信号を発生する神経細胞)とシナプス(神経細胞の接合装置)との間で起こる仕組みを再現する。既に2つの試作品が実験段階にあるという。IBMのプレスリリースにはこう書かれている。


 これらのチップが埋め込まれたいわゆる「認識コンピュータ」は、従来型コンピュータとはまったく異なるプログラミングで作られるだろう。経験から学び、相関関係を見出し、仮説を立て、結果を記憶してそこから学ぶようになると期待されている。構造上でもシナプス上でも、柔軟な脳の仕組みを模倣するだろう。


 今回開発されたチップは、ナノサイエンスと神経科学、そしてスーパーコンピュータの原理を組み合わせた長年の取り組みの成果だ。

「これらのチップは、コンピュータが単なる計算機から『学習するシステム』へと進化を遂げる上で重要なステップになる。ビジネスや科学、政治におけるコンピュータ技術の応用が新たな段階に移りつつあることを示している」と、IBM研究所で今回のプロジェクトを率いるダーメンドラ・モダは言う。

津波の検知にも応用

 先日、モダが米ケーブル局MSNBCに語ったところによると、今回開発したチップはさまざまな分野に応用できるという。例えば、信号機のカメラを通して路上をリアルタイムで監視し、事故が起きた場合は自動的に救急車を出動させるシステムの基礎になるかもしれない。あるいは、海底センサーにチップを内蔵して、津波を検知できるようになる可能性もある。

 今のところ、このチップは簡単な迷路のなかで自動車を走行させたり、図形の一部を認知して全体を形成するといった実験で使われてきた。ちなみに、モノクロ画面の卓球テレビゲーム「ポン」にも使われている。

 モダは米ハイテク雑誌ワイアードの取材に答え、IBMの研究者たちは人間の脳のようなものを開発しようとしていると語った。それは、従来型コンピュータのように効率の悪い情報伝達経路を使う代物ではなく、「広く広く並行配置された電子基盤」だという。

 このコンピュータは「フロリダのオレンジ畑のようなものだ」とモダは言う。「オレンジの木々はコンピュータの記憶メモリーで、オレンジの果実はコンピュータの単位。人間の神経細胞は、オレンジを消費して栄養にしている。従来型コンピュータの場合は、オレンジをかき集めて遠い場所に送っていたかもしれない。だが、各コンピュータが自分自身のオレンジ畑を持っているとしたらどうだろう。わざわざ長い距離をたどって果実という名のデータを送ったり、手に入れたりする必要はなくなるだろう」

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中立金利は推計に幅、政策金利の到達点に「若干の不確

ワールド

米下院補選で共和との差縮小、中間選挙へ勢いづく民主

ビジネス

米ロッキード、アラバマ州に極超音速兵器施設を新設

ワールド

中国経済は苦戦、「領土拡大」より国民生活に注力すべ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中