最新記事

労働条件

「こんな仕事はくそ食らえ!」

失業時代だから社員がどんな酷使にも耐えると思ったら大まちがい。社員からも業績的にもしっぺ返しを食らう頃合いだ

2010年8月16日(月)18時51分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

キレ辞職 客室乗務員がもう辞めたと機内アナウンスし、緊急脱出シュートを使って逃走したジェットブルー航空機 Joshua Lott-Reuters

 8月9日、米格安航空会社ジェットブルー航空の客室乗務員スティーブン・スレーターはまったく新しい「辞職」のあり方を演じてみせた。乗客の粗暴な振る舞いに腹を立てたスレーターはインターコムを手に取り、こんな仕事は辞めると大声で機内にアナウンスし、缶ビールを2本掴むと、駐機中だった飛行機の緊急脱出シュートを使って逃走した。

 一方、同じ日のウォールストリート・ジャーナルは一面で、求人を出しても誰にも振り向いてもらえないことに衝撃を受けた企業の悩みを伝えている。

 イリノイ州のある会社は、熟練した機械工を募集したのに、とこぼす。だが提示した条件は相場を下回る時給13ドル、年収にして約2万6000ドルだ。ドバイのとある航空会社も、アメリカ人が地球の裏側の非民主国に大挙、移住してこないことが理解できない。この上なく寛大な、3万ドルもの年収に飛び付かないなんて!

 ある年代の人には、郷愁を感じさせるエピソードだ。今と同じく経済が厳しかった76年、ストレスで精神を病んだニュースキャスター、ハワード・ビールは映画『ネットワーク』のなかで視聴者に、窓から頭を突き出してこう叫べと言った。「俺はカンカンに怒っている。もうこれ以上我慢できない!」(2年後、ジョニー・ペイチェックがヒットさせた曲のタイトルは『こんな仕事はくそ食らえ』だった)

けちな給料にほとほとうんざり

 大量失業が問題になっているときに従業員の不満が爆発寸前というのは、皮肉に聞こえるかもしれない。だが驚くことはない。雇用情勢の悪さと、従業員が雇用主や顧客に対して抱く敵意という2つの現象は、つながっているからだ。従業員は、厳しい労働環境やけちな給料にほとほとうんざりしている。そしてこの困難は、企業が人を解雇したきり雇い戻さないのと同じ動機からもたらされている。

 アメリカ経済はこの1年成長したし、企業収益も急増した。格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)の推定によれば、S&P500社株価指数の構成企業の4〜6月期の利益は前年同期より52%近く増加した。

 このあっぱれな成長のほとんどは、景気後退に陥ってからアメリカ企業が勝ち取った生産性の格段の向上によってもたらされたものだ。少ない資本でより多くを生産する能力を表す生産性は、09年1年間で3・5%も伸びた。08年にはこれが1%、07年には1・6%だった。

 コスト削減は企業の金科玉条となり、書類は両面印刷することや、職場にはミネラルウォーターではなく水道水をあてがうことが当たり前になった。だがコスト削減の最大の源泉は人件費だ。給与を減らし、手当てを縮小した上、呆然としているベテラン社員に解雇された同僚の仕事を押しつけた。

 業績が持ち直し始めても、企業は新規雇用に極端に消極的だった。民間企業の今年の新規雇用は、まだ63万人にとどまっている。賃金と手当てにいたっては、『クリスマス・キャロル』のスクルージも顔負けだ。給与や企業年金の企業負担分を減らした企業は、負債を減らし黒字が出るようになった今でも、多くがカット分を元に戻していない。

働くことも失業と同じストレスに

 失業は確かにとてつもないプレッシャーだ。だが今日の状況では、働くことだってかなりの苛々のタネになりかねない。実際、ジェットブルーのスレーターが破れかぶれになってそれまでのストレスを発散させたのは、企業は従業員を限界まで追い詰めているという記者発表を米政府が行う数時間前のことだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%

ワールド

ミャンマーで総選挙投票開始、国軍系政党の勝利濃厚 

ワールド

米北東部に寒波、国内線9000便超欠航・遅延 クリ

ワールド

米、中国の米企業制裁「強く反対」、台湾への圧力停止
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中