最新記事

米中摩擦

鉄鋼の比ではないタイヤ関税の危険度

オバマ政権の中国製タイヤに対するセーフガード発動は、これまでの保護貿易措置とはわけが違う。今度こそ本当に、世界貿易戦争を引き起こしかねない

2009年9月16日(水)18時26分
ダニエル・ドレスナー(タフツ大学教授)

行き場はどこに 中国人の怒りと相まってタイヤ関税は最悪の結果を招きかねない(09年9月14日、安徽省合肥) Reuters

 米オバマ政権は9月11日、中国製タイヤに最高35%の上乗せ関税をかけるセーフガード(緊急輸入制限)を発動すると発表した。自由貿易論者たちが大騒ぎするという私の予想は見事に的中し、動揺は株式市場にまで広がった。

 われわれ熱狂的な貿易推進派は、自由貿易を脅かす出来事に過剰反応しやすい。自由貿易推進派を自任するブッシュ政権も7年前、中国産を含む鉄鋼製品にセーフガードを発動した。これで開放的な市場経済の時代は終わったと、誰もが悔しがったり嘆いたりしたものだが、時間の経過とともに国際貿易体制はそんなことでは揺るがないことがはっきりした。

 だから今回も、私たちは少しばかり大げさに考え過ぎているのかもしれない。鉄鋼製品のときと同じように、中国製タイヤへのセーフガードもWTO(世界貿易機関)によってルール違反と判断されるはず......。

 いや、今度ばかりはそうはいかないかもしれない。オバマ政権が発足してから8カ月、ことあるごとに「保護主義的!」と叫びたい気持ちを抑えてきた私だが、今回はこれまでにない危機感を感じる。その理由は以下の4つだ。

■今回のセーフガード発動はありふれた保護主義的措置ではない。ブランダイス大学のチャド・ボーン准教授(経済学)は8月末の英フィナンシャルタイムズ紙で、オバマ政権の決定が極めて特殊である理由について解説している。


 ほとんど知られていないが、中国が01年12月にWTOに加盟したとき抜け穴が設けられたため、(現在は)02年当時よりも保護主義的措置がより早く、広範に広がりやすい。ある国が中国に対してセーフガードを発動すると、他のWTO加盟国は自国の産業が被害を受けているかどうか調査せずに、すぐ追随することができる。


 だから今回オバマ政権が引き金を引いた「貿易戦争」は、思ったより早く伝染する恐れがある。

■中国政府はこの事態を放っておけない。中国がすぐに怒りの反応を示したことは、保護主義に傾いている国がアメリカだけではないというもう1つの問題を示している。ニューヨークタイムズ紙のキース・ブラッドシャー香港支局長によれば、中国でも経済ナショナリズムが大きく高まっている。


 中国政府が強力な反撃に出たのは、国内のウェブサイトにアメリカを激しく批判するナショナリストたちのコメントが殺到したあとだった。「アメリカは恥知らずだ!」というコメントもあれば、中国政府は大量に保有している米国債を全部売り払えと迫るコメントもあった。

 中国政府は当初、米政府の措置を形式的に批判する程度だった。ところが国内のナショナリズムが高まり、軽くあしらうだけでは済まなくなった。

「(中国では)通商政策だけでなくあらゆる種類の政策が、ネット上の世論を反映して立案される傾向が高まっている」と、ノースウエスタン大学のビクター・シー准教授(経済政策)は言う。


米政府も影響をコントロールできない

 シーもブラッドシャーもちょっと大げさのような気がする。アメリカに置き換えれば、怒りに燃えるネチズンの意見で外交政策が左右されることなど考えにくい。だが、2人の言いたいことは分かる。

 米政権のセーフガード発動は二重の意味で危険だ。中国政府はWTOへの加盟交渉の過程で欧米に対する屈辱的な妥協を強いられた、と受け止めているからだ。中国政府が早々に米国債を売り払うことはないだろうが、彼らはまだ国内からの批判をかわす方法をよく知らないので、何か本当にとんでもないことをしでかす可能性もある。

■オバマは自らを政治的窮地に追い込んだ。ブッシュ政権が鉄鋼製品にセーフガードを発動したのはとてつもなく愚かな決断だったが、そのターゲットは特定の製品であり、特定の国ではなかった。また関税による影響を緩和する措置を取って、問題が大きくなるのを防いだ。

 オバマ政権が今回発動した措置は中国だけを標的にしている。何も中国に非がないと言うわけではない。だが中国製に限定することによって、オバマ政権はその影響をコントロールする余地を自ら奪ってしまった。「ブレた」と見られるから政策の方向転換もできない。つまり、両国に譲歩や交渉の余地はほとんどない。

オバマの支持基盤を思うと吐き気が

■オバマの支持基盤の要求は変わらない。ブッシュ政権が鉄鋼製品に反ダンピング税を課すことにしたのは、ウエストバージニア州の鉄鋼労働者に対する選挙公約を果たすためだった。さいわいブッシュの支持基盤となった他の勢力は通商分野での救済措置を求めなかった。だから保護主義的な措置は鉄鋼製品だけでほぼ終わった。それに、この関税が最終的にはWTOで覆されることをブッシュ政権の誰もが知っていた。

 だがオバマ政権については、今回の措置は氷山の一角のような気がする。オバマの中核的支持組織の多くは、なんらかの理由(労働基準の改善や組合の雇用確保)から、もっと保護主義的な措置を求めている。そこに終わりは見えない。

「貿易の是正」は大統領選以来、オバマが貿易について語るときの中心的主張である。だが、貿易の是正が貿易赤字を解消するというのは幻想に過ぎない。「脱税の取り締まりで赤字をなくす」とか、「減税で歳入を増やす」といったたぐいの古めかしい公約と同じで、実現可能性はない。

 オバマ政権がこの種のナンセンスなことをやるのもこれが最後だというなら、気分は悪いが通商政策の常ということで話を終わらせてもいい。だがオバマの支持基盤について考えるにつれ、単なる不快感から本当に吐き気をもよおしそうになるのを止められない。

 事態はまだ恐ろしい方向へと進み続けている。

[米国東部時間2009年09月14日(月)09時56分更新]

Reprinted with permission from Daniel W. Drezner's blog, 16/09/2009. © 2009 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、レアアース輸出ライセンス合理化に取り組んでい

ビジネス

英中銀、プライベート市場のストレステスト開始へ

ワールド

ウクライナ南部に夜間攻撃、数万人が電力・暖房なしの

ビジネス

中国の主要国有銀、元上昇を緩やかにするためドル買い
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中