最新記事

喪失の淵から立ち直るには

アカデミー賞を追え!

異色の西部劇から傑作アニメまで
2011注目の候補を総ざらい

2011.02.21

ニューストピックス

喪失の淵から立ち直るには

わが子を失った悲しみで引き裂かれた夫婦の実像を描いた『ラビットホール』

2011年2月21日(月)16時09分
デービッド・アンセン(映画ジャーナリスト)

 人間にとって、子供を失うことほど根源的な痛みはない。今や嘆き悲しむ親の姿はカルチャー産業に不可欠。テレビはもちろん、予期せぬ子供の死で泣かせる本、演劇、映画は数え切れない(優れた作品は少ないが)。

『ラビットホール』で悲運に見舞われるのは、ベッカ(ニコール・キッドマン)とハウイー(アーロン・エッカート)のコーベット夫妻。4歳の息子ダニーが事故死して8カ月、夫婦関係は破綻している。

 ありふれたテーマでも作品から伝わる誠実さ、鋭さ、抑制、自虐的なユーモアは並のものではない。デービッド・リンゼーアベアーによるピュリツァー賞受賞戯曲(舞台はトニー賞にも輝いた)を映画化したこの作品は、感傷を巧みに避けながらも、心がかきむしられるような作品に仕上がっている。

 妻ベッカは、悲しい気持ちを怒りに変えて爆発させる。夫に誘われてグループセラピーに出席しても、同じ境遇にある人たちの発言をあざ笑うのみ。心配してくれる母(ダイアン・ウィースト)や奔放な妹、もちろん夫の助けもはねつける。

 一方、夫は自分の感情に正直だ。息子を撮ったホームビデオを1人で眺め、その姿を心にとどめておこうとする。逆に一刻も早く忘れたいベッカは、服やおもちゃを処分したがる。

感情の押し売りはしない

 互いに向き合えない2人は、別の人間に慰めを見いだそうとする。ベッカは息子をひいた車を運転していた高校生に、夫はマリフアナを吸ってセラピーに出てくる皮肉っぽい女性(サンドラ・オー)に引かれていく。

 この作品を撮った監督がジョン・キャメロン・ミッチェルだというのは驚きだ。ロックミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』や、セックスをテーマにした『ショートバス』を撮った人とはとても思えない。

 自身も俳優であるミッチェルは、出演者たちからほぼ完璧な演技を引き出した。ただでさえ心を動かすような主題のときは、感情の押し売りは必要ないことも分かっている。

『ラビットホール』は観客に根本的な問いを突き付ける。かけがえのない存在を失った人間はどうやって生きていけばいいのか? 悲しみによって引き裂かれた人間関係は、どのように修復すればいいのか?

 苦しんだ揚げ句、やっと示される答えはありふれたものだ。それでいい。絶望につける特効薬など、ありはしないのだから。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英、戦術核搭載可能な戦闘機12機調達へ 最新鋭ステ

ワールド

イラン核計画「中核部分は破壊されず」、米情報機関が

ワールド

NY市長民主党予備選、33歳左派候補が勝利へ クオ

ワールド

政府、25年度成長率の下方修正検討 1%未満の可能
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 3
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係・仕事で後悔しないために
  • 4
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 5
    都議選千代田区選挙区を制した「ユーチューバー」佐…
  • 6
    細道しか歩かない...10歳ダックスの「こだわり散歩」…
  • 7
    「子どもが花嫁にされそうに...」ディズニーランド・…
  • 8
    人口世界一のインドに迫る少子高齢化の波、学校閉鎖…
  • 9
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 10
    「温暖化だけじゃない」 スイス・ブラッテン村を破壊し…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 8
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 9
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 10
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中