最新記事

川魚に広がるメス化の脅威

マグロが消える日

絶滅危惧種指定で食べられなくなる?
海の資源激減を招いた「犯人」は

2010.03.11

ニューストピックス

川魚に広がるメス化の脅威

アメリカでは都市の排水が流れ込む川の下流で魚のオスが激減。環境ホルモンの影響が懸念されているが

2010年3月11日(木)12時01分
アン・アンダーウッド

 ホワイトサッカーは、北米ではごく一般的な淡水魚だ。コイに似ていて、好んで食べる人は少ない。だが研究者からは「指標種」と呼ばれ、その生態の変化は環境の異変を知る手がかりになる。

 コロラド大学ボールダー校のデービッド・ノリス教授(統合生理学)は、コロラド州ボールダークリークに生息するホワイトサッカーの気がかりな変化に気づいた。ロッキー山脈から純度の高いきれいな水が流れ込む上流では、メスとオスの割合は5対5で自然の摂理にかなっている。だが下流の排水処理施設の先ではこの割合は5対1で、メスの数が上回っているのだ。

 それだけではない。約1割は性別がはっきり区別できず、オスとメス両方の特徴をもつ。「(衝撃的な発見に)興奮したが、同時にゾッとした」と、ノリスは言う。

 アメリカの水事情にはどこか怪しいところがある。70年代に法整備が進んで水質は大幅に向上したが、何かが水中の生態系によからぬ影響を与えている。

 その「犯人」として注目を集めているのは医薬品や化粧品、抗菌せっけんといった新しい汚染物質だ。こうした化合物はシンクやトイレに流してしまえば消えてなくなると思われがちだが、多くは水中に残留する。人体への影響はまだ確実にはわかっていない。「疑問は山積しているが、答えはほとんど出ていない」と、米環境保護局(EPA)の環境化学者クリスチャン・ドートンは言う。

 もっとも、新しい汚染物質の大半は検出されてもごく微量にすぎない。ミシガン州当局の試算によれば、同州の飲料水に含まれる鎮痛消炎成分イブプロフェンはきわめて少量で、およそ6万5000リットル当たり錠剤1個分ほどだ。とはいえ、最近は水質分析のテクノロジーが進化し、あらゆる物質がこれまで検出されなかった量でも特定できるようになってきた。

精子数の減少と関連がある?

 米地質調査所(USGS)の02年の研究では、調査を行った139水域の8割で問題となっている化合物が見つかった。多くは都市部の下流地域だ。どの化学物質もそれぞれ、ごく少量では毒性はないとみられる。しかしそれらが混ざり合った場合、人体への影響はどうなるのだろう。 

 最大の懸念は、体内でホルモンと似た作用を及ぼす環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)だ。天然・合成ホルモン剤をはじめ、一部の化粧品やシャンプー、家庭用洗剤、農薬、難燃性素材、プラスチック、抗菌せっけんの成分などその種類は驚くほど幅広い。体内で分泌されるホルモン同様、「きわめて低量でも影響がある」と、USGSで水環境汚染物質研究プログラムの調整官を務めるハーブ・バクストンは言う。

 魚類の生態を見るかぎり、状況は思わしくない。「メス化」したオスの魚はミシシッピ川やオハイオ川、ポトマック川などアメリカの代表的な河川で確認されている。卵巣と精巣の両方をもつボールダークリークの変異体と異なり、大半は明らかにオスだが、同時に卵巣を形成する細胞や卵子を作るタンパク質の分泌も認められる。

 成長の初期段階で女性ホルモンに似た作用を及ぼす物質にさらされたオスには、懸念すべき行動の変化や精子数の減少が見受けられる。ミネソタ州立セントクラウド大学のヘイコ・ショーンフス准教授(水環境毒物学)は、コイ科の試験種ファットヘッドミノーのオスの幼魚を、環境ホルモンの一種で一般の業務・家庭用洗剤に含まれるアルキルフェノールにさらした。結果、成長したオスは縄張りに他のオスの侵入を許すようになり、繁殖力が低下した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

銅に50%関税、トランプ氏が署名 8月1日発効

ビジネス

FRB金利据え置き、ウォラー・ボウマン両氏が反対

ワールド

トランプ氏、ブラジルに40%追加関税 合計50%に

ビジネス

米GDP、第2四半期3%増とプラス回復 国内需要は
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 3
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い」国はどこ?
  • 4
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 5
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 9
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中