最新記事

1983年の孤独なピーターパン

編集者が選ぶ2009ベスト記事

ブッシュ隠居生活ルポから
タリバン独白まで超厳選

2009.12.15

ニューストピックス

1983年の孤独なピーターパン

「ときには「Wacko Jacko(変人マイケル)」とも呼ばれたマイケル・ジャクソンという人間の『芯』を垣間見ることができる記事。断食、言葉遣い、宗教……。計り知れない実像のヒントがふんだんに盛り込まれている」(本誌・山田敏弘)

2009年12月15日(火)12時11分
ジム・ミラー(ロサンゼルス)

[ニューズウィーク米国版1983年1月10日号の記事を日本版2009年7月22日号にて掲載]

「後年のマイケルの孤独や奇行を予兆していたような内容。彼の死後、日本のメディアで目にしたのは、晩年も含めた回想・追悼ものが大半だった。絶頂期の彼を取材した当時の記事をそのまま読めるというのは珍しく、新鮮だったと思う」(本誌・中村美鈴)

「古きよき時代のニューズウィーク的な記事」(本誌・横田孝)


超ヒット・アルバム『スリラー』発売直後のマイケル・ジャクソンに独占取材。希代のスターの知られざる素顔と孤独とは

マイケル・ジャクソン(24)は既に14年近くショービジネスの世界にいる。全米デビューは69年。10歳だった彼は4人の兄と組んだ「ジャクソン・ファイブ」のリードボーカルとして、ステージの上で元気いっぱい歌っていた。

 それから約10年間でマイケルが売ったレコードは、グループとソロ合わせて9000万枚以上。黒人エンターテイナーの伝統を受け継ぐとともに、アルバムも売ることができる大スターに成長した。79年のアルバム『オフ・ザ・ウォール』では、テクノ風のサウンドを取り入れた新しいブラックミュージックを80年代に送り込んだ。このアルバムからは4曲が全米トップ10入りし、ソロアーティストによる同一アルバムからのヒットとしては史上最多の記録を作った。

 現在24歳になったマイケルの快進撃は止まりそうにない。彼が作曲とプロデュースを手掛けたダイアナ・ロスの「マッスルズ」は、最近全米トップ10入りを果たした。映画『E.T.』の朗読アルバムで朗読と歌の担当もした。そして待望の新作『スリラー』は、アップビートを前面に押し出したエネルギッシュな仕上がりとなっている。80年代ポップスの代表作となるのは間違いなさそうだ。

 だが派手な見た目とは裏腹に、マイケルの素顔は謎めいている。キラキラの衣装でステージに立つ姿は、今にも獲物に襲い掛かるジャガーのように優美でしなやかだ。写真の中のマイケルは、甘いマスクに天使のようなあどけなさと中性的な魅力が混ざっている。だが直接会ってみたマイケルは、ひょろりとした用心深く無口な青年で、そのくせ子供のような不思議なオーラ。

 マイケルはロサンゼルス郊外の高級住宅地に母親と2人の妹と住んでいる。チューダー朝の邸宅が立つ敷地内にはさまざまなペットがいる。ラマのルイスに大ヘビのマッスルズ、羊のミスター・ティブスなど、ちょっとした動物園だ。
「かわいいよね」と、マイケルはささやくような声で言う。「動物たちの世界に入っていって、じっと動きを見ているのが好きなんだ。ただ見ているだけでいい」

5歳の初ステージは大盛況

 マイケルは子供の世界も大好きだ。「アルバム制作に行き詰まると、僕は自転車に飛び乗って近くの学校へ行く。そうして子供たちを身近に感じる。そうすると、スタジオに戻る頃には自分の中にエネルギーが満ちてくる。子供たちにはそういうパワーがある。マジックだよ」

 マジックはマイケルの世界を解き明かすキーワードだ。おとぎ話の世界(ネバーランド)を呼び出す呪文のように、彼はマジックという言葉を何度も使う。ベートーベンもレンブラントもチャプリンも、マイケルにとってはみんなマジックだ。

 それだけではない。「昔から空を飛ぶ夢をよく見る」と言うマイケルは、映画『E.T.』で自転車に乗った子供たちが飛ぶシーンが大好きだと言い、一息つくと身を乗り出して続けた。「僕らは飛べるんだ。ただ宙に浮かぶために何を思い描けばいいか分かっていないだけだ」(ちなみに、ピーターパンには「ハッピーなことを心に思い描けば飛べる」というセリフがある)

 マイケル・ジャクソンがピーターパン? 冗談じゃないと思われるかもしれないが、その前に彼の生い立ちを振り返ってほしい。インディアナ州ゲーリーの黒人居住区で9人きょうだいの7番目に生まれたマイケルは、ほとんど揺りかごからステージに直行した。「家の裏に野球ができる大きな公園があった」とマイケルは振り返る。「みんなが応援してる声が聞こえたけど、僕は野球をやりたいと思ったことは1度もない。いつも家で(歌の)練習をしていた」

 ジャクソン・ファイブの一員として初めてステージに上がったのは5歳のとき。「僕らが歌うと、みんながお金を投げ込んでくれた」とマイケルは言う。「10セントとか20セントとか、小銭をたくさん。ポケットが小銭でいっぱいでズボンがずり落ちてくるから、いつもベルトをきつく締めて。キャンディーをたくさん買ったよ」

 やがてジャクソン・ファイブは素人コンテストで優勝するようになった。黒人権利団体の慈善イベントに出演したこともある。この団体の指導者だったリチャード・ハッチャーは、後にゲーリー初の黒人市長となったとき、ジャクソン家に大きな「恩返し」をした。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

スイス中銀、第1四半期の利益が過去最高 フラン安や

ビジネス

仏エルメス、第1四半期は17%増収 中国好調

ワールド

ロシア凍結資産の利息でウクライナ支援、米提案をG7

ビジネス

北京モーターショー開幕、NEV一色 国内設計のAD
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中