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首領様がいなくても体制は変わらず

北朝鮮 危機の深層

核とミサイルで世界を脅かす
金正日政権

2009.05.25

ニューストピックス

首領様がいなくても体制は変わらず

脳卒中を起こした金正日の容体は深刻らしいが、北朝鮮の体制が近い将来根本的に変化することは期待できない

2009年5月25日(月)19時26分
クリスチャン・カリル(東京支局長)、李炳宗(ソウル支局)

 94年当時、北朝鮮の将来は暗いように見えた。ソビエト共産主義の崩壊で外部からの支援の大半が失われ、国民は飢え、経済は内部から崩れかけていた。

 国の指導者である金日成(キム・イルソン)国家主席の死に続いて、体制も崩壊すると予測した人は多かった。後継ぎの金正日(キム・ジョンイル)は壊れかけた体制をまとめ上げるには力不足に見えた。

 もちろん、専門家たちはまちがっていた。あれから14年、金体制はまだ存在している。だが8月以来、金正日総書記の容体は推測するしかない。日本と韓国の当局によると、66歳の「親愛なる首領様」は脳卒中で半身不随になったという。健康状態が不確かで後継者も指名していないことから、さまざまな憶測が飛び交っている。

 専門家は再び、体制の崩壊を予測している。金王朝の終わりは、確実に北朝鮮に根本的な変化をもたらすはずだ。

 ところが、金正日が死ねば北朝鮮がすぐに変わると考える専門家はほとんどいない。延世大学(ソウル)の文正仁(ムン・ジョンイン)教授は「北朝鮮は人ではなく、システムによって運営されている」と主張する。

 文は00年と07年の南北首脳会談に同行し、金の取り巻きに会った。彼らはボスの息が絶えた後も、国を円滑に運営し続けるだろうと、文は確信している。一般的な見方に反して、金の取り巻きは有能で最新のニュースをよく知っている。彼らは「北朝鮮の新聞よりも韓国の新聞を読んでいる」し、適応力があると文は言う。

軍は米韓と衝突したい?

 文ら多くの専門家によれば、北朝鮮のエリートたちは権力を失ったら自分たちがどうなるかをよく知っている。90年代に金は、処刑されたルーマニアの独裁者ニコラエ・チャウシェスクの映像を彼らに見せ、この点を強調した。

 金の部下はそうした混乱だけは避けたい。したがって金が死んだ場合、彼らは金の3人の息子の1人を表看板にして、なんらかの集団指導体制をつくる可能性が高い。

 秘密警察を含む治安機関は、事態の混乱を防ごうとするだろう。公安当局の実権を握るのは、金正日の妹の夫で、もう一人の後継者候補と目される62歳の張成沢(チャン・ソンテク)だ。

 北朝鮮の指導層は、体制の中枢を覆い隠す秘密主義に助けられるはずだ。金が死んでも、彼らが権力を固めるまで死を隠し通すことができる。東国大学(ソウル)の高有煥(コ・ユファン)は、「彼らは権力移行に完全に成功した後に、金の死を発表するだろう」と言う。

 その結果、「一種の、死者による支配が起きる」と北韓大学院大学(ソウル)の梁茂進(ヤン・ムジン)は言う。「2人の金は死んだことになるが、集団指導体制の指導者は、2人の教えに基づいて国を運営するだろう」。これは北朝鮮が精神的、そして人種的に優れた国であるという金の思想の恒久化を意味する。

 一部の専門家によれば、現在の北朝鮮で権力のカギを握るのは、世界で4番目に大きく、国のGDP(国内総生産)の約3分の1を消費する軍部だ。

 軍を監督する国防委員会委員長の座にあるのは金正日自身。彼が死んだ場合、配下の将軍たちは自分たちが後継者だと主張できる立場にある。軍主導の指導部はアメリカか韓国との対決を引き起こし、自らの重要性をアピールすると、専門家は予測する。

「体の40%が麻痺」説も

 韓国に拠点を置くロシアの北朝鮮ウオッチャー、レオニード・ペトロフは、南北朝鮮の国境封鎖計画の発表や中国との往来の規制などの最近の動きのなかに、軍部の気配がみられると主張する。

 もちろん、確実なことは何一つない。金が今後2〜3年もちこたえることができるなら、息子のうちの1人を看板ではなく、本物のリーダーとして統治する地位に就ける可能性はある。脳卒中を起こすまで金は、父親の生誕100年記念にあたる12年まで後継者の発表を待つ予定だと思われていた。回復するなら、息子を後継者にするプロセスを加速することができるかもしれない。

 だが、それはだんだんに不可能にみえてきている。韓国の政府高官によれば、金の最初の発作は24時間以上意識不明になるほど重く、それ以来、体の40%が麻痺しているという。

 それはたとえ金がもちこたえても、その統治能力がかなり失われることを意味する。金がつくってきた体制が彼なしで続くとしたら、これ以上皮肉なことはない。

[2008年12月10日号掲載]

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