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GM「救世主」サターンの挫折

ビッグスリー
転落の構図

世界最大のGMも陥落へ
米自動車20年間の勘違い

2009.04.15

ニューストピックス

GM「救世主」サターンの挫折

日本車を迎え撃つ秘密兵器として投入された小型車ブランドを、GMはこうやってつぶした

2009年4月15日(水)10時00分
ポール・イングラシア(自動車業界ジャーナリスト)

90年に登場したGMの人気車サターンは、硬直化した経営陣と労組に疎まれて失速、今や身売りされる運命に。一方でオバマ政権はGMとクライスラーに再建への最後通告を突き付けた。ビッグスリーは復活できるのか。


 にわかには信じ難いだろうが、かつてゼネラル・モーターズ(GM)の経営トップがアメリカの実業界で最も輝いて見えた時期がある。例えば1985年の1月8日だ。当時のGM会長ロジャー・スミスは本社のあるミシガン州デトロイトに全米中の記者を集め、「歴史的な発表」を行っている。

 スミスのやることは派手だった。81年に経営トップの座に就いた頃は、その血色の良さと甲高い声故に「子供っぽい」と軽んじられることもあった。しかし、その後は剛腕を発揮、肥大化した社内体制の抜本的な再編に手を付ける一方、ロボットや人工衛星、データ処理などの分野に集中的に投資した。実業家ロス・ペローのエレクトロニック・データ・システムズ(EDS)や人工衛星メーカーのヒューズ・エアクラフト社も、そっくり買収してしまった。

 そしてこの日、スミスは人生最大の賭けに出た。GMにとって70年ぶりとなる新ブランド「サターン」の発表である。サターンは車の名称であると同時に、その開発から販売までを担う独立した事業部門でもあった。しかも意思決定のプロセスに労使が参加することになっていた。

 「サターンはGMが長期にわたって競争力を維持し、生き残り、成功するカギである」と、スミスは言った。サターンの使命は、スミスによれば、「トップクラスの輸入車に十分対抗できる小型のアメリカ車を開発して生産し、アメリカの独創性や技術や生産性が世界の手本となり、世界にインスピレーションを与える日が再び来ると確信させること」だった。

 人々はサターンの成功とアメリカ製造業の、ひいてはアメリカ経済の再生を重ね合わせた。そしてGMには、サターンで働きたい人が殺到した。テレビの人気トーク番組には7つの州の知事が出演し、サターンの工場をぜひ自分の州に建設してほしいと訴えた。デトロイトに出向いて直訴した州知事も十数人に上る。

 スミスは結局、テネシー州ののどかな村スプリングヒルを工場の建設地に選んだ。州都ナッシュビルから南へ約70キロに位置し、スミスが根幹から揺るがそうとした旧態依然としたデトロイト本社からは約800キロも離れていた。

サブプライム並みに売却か

 あれから24年、スミスはこの世を去り、彼の夢は砕け散った。GM自体も生き残りの瀬戸際にある。リック・ワゴナー会長兼CEO(最高経営責任者)は政府による追加融資と引き換えに辞任を決意した。それでも連邦破産法の適用申請や、再度の公的資金投入の可能性も消えてはいない。

 オバマ政権は基本的にGMの分割を検討しており、採算性のある「良い」部門を残し、それ以外は切り捨てる方向だ。その場合、サターンはサブプライムローン(信用度の低い個人向け住宅融資)債権並みの不良資産として売却されることになる。

 オバマ政権は3月30日の追加融資発表に際し、GM再建計画見直しに60日間の猶予を与えている。しかし現在の計画でも、ディーラーによるサターン部門の買収という起死回生策が成功するか、ほかにいい方法が見つからない限り、サターンは2011年で生産終了となる(GMの広報担当によれば「当座は在庫を売りながら、妙案が出てくるのを待つしかない」そうだ)。

 かつてサターン・ファンの巡礼地だったスプリングヒルの工場では、もうサターンは生産されていない。たまに稼働する日があっても、生産されるのはシボレーだ。

 サターンという車はどうでもいい。だが50億ドルをつぎ込んだ末の失敗は、単にブランドの消滅では済まない。一部の専門家に言わせれば、サターンの失敗でデトロイトは2つの大きなチャンスを棒に振った。日本車に対抗できる燃費のいい車に望みをつなぐチャンスと、険悪な労使関係を見直して自動車産業全体に大きな影響を与えるチャンスである。

 スミスの期待に反し、サターンは技術面で日本車を超えられなかった。ただし、それよりもGMの内輪もめのほうがはるかに痛手となった。

 これ以上ブランドや工場は要らないと考える経営幹部。開発費がかさむことを嫌うディーラー。サターンの採用した労使協調路線に反発を強める労働組合指導者。90年代半ばからの約10年間、トラックやSUV(スポーツユーティリティー車)の人気に押されて小型車を売りにくい状況だったこともある。

 スミスはGMのサターン化を望んだが、逆にサターンがGM化してしまった。「まさに悲劇だ」と、サターンに関する共著がある、ラトガーズ大学経営管理・労使関係スクールのソール・ルービンスタイン教授は言う。ルービンスタインによれば、GMにしろ生き残りに必死の米競合他社にしろ、思い切った革新に踏み切るときは、強い意志を持ち、そうしたアイデアが社内の主流派にかき消されないようにする必要がある。

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