コラム

爆売れゲーム『黒神話:悟空』も、中国の出世カルチャーから自由になれない

2024年09月26日(木)10時23分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
孫悟空

©2024 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<8月に発売された中国製アクションRPGゲーム『黒神話:悟空』が爆売れ。3年前は「ゲームは精神的アヘン」と猛批判していたはずの中国官制メディアは「これが中国文化の魅力!」とやたら持ち上げているが......>

中国の古典小説『西遊記』をベースにし、今年8月20日に発売された中国製アクションRPGゲーム『黒神話:悟空』は、わずか4日で売上本数が1000万本を突破し、プレーヤーの同時接続者数300万人という最高記録を達成した。

好成績に中国の官製メディアも「これが中国文化の魅力!」「海外のプレーヤーらが続々『西遊記』を読みあさり、中国文化を強力に海外輸出できた!」と一斉に歓声を上げた。確か3年前の8月には、同じ官製メディアがネットゲームのことを「精神的アヘン」と痛烈に批判していたはずだが。自国産の「精神的アヘン」は大賛美され、「中国文化」に変わった。まるで四川省の伝統劇「川劇」の変面芸だ。確かに面白い。


『西遊記』は間違いなく中国文化の一部である。みんなの英雄、サルのエリートである悟空も、「体制に入って役人として出世する」という古くからの中国出世文化の例外ではない。

『西遊記』の中で、天界の体制に加入したい、官職を求めたい悟空は何度も天界の最高神・玉帝に懇願した。天界で大暴れしたのも、低すぎる官職への不満から。官職に熱心なあまり、「斉天大聖」と自ら名乗ったこともある。天竺(てんじく=インド)への取経の旅の最高の褒美は「成仏」だが、これも言い換えれば、ずっと天界の体制への加入を望んでいた悟空がやっと出世のチャンスをつかんだということだろう。

このゲームも中国文化に強く影響されていることは、粗筋を読めば分かる。悟空は天竺への取経の旅の大功労者だが、天界という体制の命令に従わず、体をバラバラにされ6つの霊宝として生き延びている(プレーヤーは悟空そっくりの「天命人」として6つの霊宝を集める旅に出る)。体制に服従して生きるか、不服従で死ぬか。それが中国人の運命でもあり、中国の伝統文化でもある。悟空のような反逆の英雄もこの運命から逃げられない。

ゲームの結末にはいくつかのパターンがあるが、最も基本的なものは、「天命人」が頭に「金箍(きんこ、金の輪)」をはめて2代目孫悟空になる、というものだ。成功した結果が服従だなんて、なんと奇妙なのだろう。この文化、この思想にしてこのゲームあり。感慨にふけるばかりだ。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

個人株主数は2024年度に過去最高を更新、11年連

ワールド

キーウに夜通しドローン攻撃、14人負傷 鉄道インフ

ビジネス

トランプ米大統領、4日に関税率通知の書簡送付開始と

ワールド

米減税・歳出法案成立へ、トランプ氏が4日署名 下院
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    「コメ4200円」は下がるのか? 小泉農水相への農政ト…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 8
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 9
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 10
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story