コラム

中国人がエリザベス女王を賛美し、香港人が女王の統治時代に複雑な思いを持つ理由

2022年09月28日(水)17時37分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
エリザベス女王追悼

©2022 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<エリザベス女王は中国人が憧れるすべての要素を持っていた。一方、香港の人々は英植民地時代に懐かしい気持ちは持っているが......>

全長8キロ超、待ち時間は14時間以上──亡くなったエリザベス女王を弔問するための長い行列が世界を驚かせた。特に、スーパースターの元サッカー選手デービッド・ベッカムが一般人と同じように12時間以上列に並んだことに対して、「平等かつ公平、さすが文明社会のイギリス」という賛美的な投稿が中国のSNSにあふれた。

安倍元首相の銃撃事件と全く違い、イギリスに一度も行ったことがない中国人でさえ、エリザベス女王の逝去に対してはお悔やみの言葉や賛美的な投稿が圧倒的に多かった。

なぜ多くの中国人が英女王を愛するのか? それは1000年を超える君主制の伝統からだろう。近年、中国で人気が絶えない宮廷ドラマの隆盛を見れば分かる。権威と富を握って頂点に君臨するだけでなく、知恵と美貌があり、しかも長寿──人々が憧れる全てを有するエリザベス女王の人生は、中国人にとってまさに宮廷ドラマそのものだった。

ただ同じお悔やみや賛美の言葉も、香港人が言うときには別の意味が含まれる。

先日、一部の香港市民が英総領事館前に集まってエリザベス女王を追悼し、共産党の強権支配にひそかに抗議した。中国政府が強制的に施行している香港版国家安全維持法と武漢発の新型コロナの影響によって、今の香港は自由が失われ、経済も急速に衰退して昔の活気と繁栄は失われる一方である。香港の人々が英植民地時代に懐かしい気持ちを持つのは当たり前だろう。

風刺画で描かれた76歳の香港の名優・羅家英(ロー・カーイン)は、インスタグラムに「エリザベス女王が即位したとき、僕は7歳だった。香港は女王の保護で幸せな場所になった」と投稿。すると、香港の親中派や大陸の愛国者から「植民地支配者の美化」と非難され、羅はのちに投稿を削除した上で公開謝罪。「私は中国人、永遠に祖国を愛している」と表明した。

若い愛国者の「小粉紅」が香港人の気持ちを永遠に分かることはない。香港人が女王を追悼するのは植民地時代を恋しいと思うからではなく、ただその時あった自由が懐かしいだけなのである。祖国に復帰した香港が植民地支配された時代の自由を懐かしみ、戻りたいと思う。これ以上の皮肉はない。

ポイント

羅家英
1946年広東省生まれ。49年に一家で香港へ移住。70年代は粤劇(広東オペラ)の歌手として活躍。90年代に映画俳優に転身し、『新ポリス・ストーリー』や『女人、四十。』に出演した。

毛沢東
1949年の建国から1976年の死去まで共産中国の最高指導者。命日はエリザベス女王が死去した9月8日と1日違いの9月9日。没後46年の今年、目立った記念行事はなかった。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

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