コラム

NBAを罵倒しながら熱愛する中国人の矛盾

2019年10月26日(土)13時00分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

China's Hardball / ©2019 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<愛国主義教育で育った中国の人々は、クチでは愛国を言うがその本心は違う>

「香港は中国の一部分だ、NBAは中国に謝れ!」

NBA(全米プロバスケットボール協会)は10月初め、人民日報など中国メディアから怒濤の非難を受けた。原因はヒューストン・ロケッツのゼネラルマネジャー、ダリル・モーリーがツイッターで「自由のために戦う、香港と共に」というネットビラを投稿したこと。香港デモを応援するこの投稿はのちに削除されたが、中国側の批判は止まらない。中国バスケットボール協会は即座にロケッツとの提携関係を打ち切り、中国中央電視台(CCTV)や中国IT大手テンセントはNBAのプレシーズン試合の放送を中止した。

NBAはこれに反発。香港デモに無関心なアメリカ人NBAファンたちも、わざわざ香港デモ参加者と同じ黒シャツを着て香港を応援し始めた。自由も民主もアメリカ人の譲れない価値観であり、自国民の思想の自由を禁止する中国が、他国民の思想に干渉するのはやり過ぎだと、彼らは批判した。

そもそも香港デモ支援は中国分裂と関係がない。香港は中国の一部であり、香港への応援はイコール中国への応援。デモ参加者らは香港独立ではなく、もともと返還時に約束されていた真の普通選挙を含む「五大訴求」(5つの要求)のためにデモをしている。しかも、民主も自由も習近平(シー・チンピン)政権が唱えている「社会主義核心価値観」の一部。なのに、なぜ民主と自由を求めている香港人は「暴徒」なのか。なぜ香港デモを応援するだけで「中国分裂」という罪になるのか。

今回のすさまじいNBAボイコット運動は1週間もたたないうちに終わった。ネット上にはNBAの試合をボイコットしようという声があふれているのに、上海と深圳で直後に開催されたNBAのプレシーズン試合には中国人ファンがあふれた。

試合会場に入ったNBA選手は中国人ファンから情熱的な歓迎を受けた。これが中国式ボイコット? ツイッター上でアメリカ人は思わず失笑したが、確かにこれが中国式ボイコットだ。政府の愛国主義教育で育った人々は、クチでは愛国を言っても行動は本心に忠実。教育された愛国心よりもっと広くて自然な感情が、中国人の心にもひそかに存在している。外国人の目には矛盾して見えるかもしれないが。

【ポイント】
禁止辱华

中国を辱めることを禁ずる

五大訴求
香港デモ隊のスローガン。「逃亡犯条例改正案の完全撤回」「市民の抗議活動を暴動と見なす見解の撤回」「デモ参加者の逮捕および起訴の中止」「警察の過度な暴力的制圧の責任追及および独立調査委員会による警察の調査」「普通選挙の実現」の5つの要求。逃亡犯条例撤回以外は実現していない。

<本誌2019年10月26日号掲載>

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ISM製造業景気指数、6月は49.0 関税背景に

ビジネス

米5月求人件数、37.4万件増 関税の先行き不透明

ワールド

日本との合意困難、対日関税は「30─35%あるいは

ワールド

トランプ大統領、貿易交渉で日本よりインドを優先=関
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    未来の戦争に「アイアンマン」が参戦?両手から気流…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story