コラム

「カルトと銃の国」アメリカで安倍暗殺を考える

2022年07月19日(火)12時30分

ガイアナの人民寺院本部で起きた集団自殺(1978年) DAVID HUME KENNERLY/GETTY IMAGES

<試算では1万ものカルトが存在するアメリカで起きた驚愕の事件と今も続く政教問題>

安倍晋三元首相は退任後も目覚ましい活躍を続けるはずだった。活力にあふれ、強い信念を持ち、気持ちはまだまだ若い――。2030年代まで国内外の政治に影響を与えたとしても、私は驚かなかっただろう。

だが運命は思わぬ悲劇を呼ぶ。安倍は特定の宗教に近いと信じた男によって銃撃された。

私は銃撃と宗教カルトによる政治的陰謀の両方が最も起きやすい国に住んでいる。最も有名なのは、1970年代の「人民寺院」事件だ。

教祖のジム・ジョーンズはサンフランシスコの政界に人脈を築き、75年の市長選で重要な役割を果たした後、同市住宅公社のトップに就任。当時はカリフォルニア州知事のジェリー・ブラウン(ハリス現副大統領の政治的助言者で大統領選にも出馬した)から称賛される存在だった。

人民寺院の信者が身体的・精神的虐待を告発すると、ジョーンズと教団は南米ガイアナに移住。ある下院議員が調査のために教団本部を訪れたが帰国直前に殺害され、最終的に信者909人が集団自殺した。

2番目に有名なのは、デービッド・コレシュ率いるカルト教団ブランチ・ダビディアンがFBIと51日間も包囲戦を繰り広げたウェイコ事件だ。

世界の終末が近いと宣言したコレシュと信者たちは、テキサス州ウェイコの教団施設に強制捜査に入った当局と銃撃戦を展開。FBIが長期間の包囲の末、催涙ガスを使って制圧に乗り出すと、施設で火災が発生。80人が死亡した。

米政府は何十年も前から、カルトの行動を懸念してきた。1979年には、後の大統領候補ボブ・ドール上院議員(共和党)の主導でカルトに関する公聴会が開かれ、13人の専門家が証言したが、宗教と言論の自由への弾圧だとしてさまざまな団体が猛反発した。

アメリカ政界を揺るがしかけたカルト関連の事件もある。チャールズ・マンソン・ファミリーはフォード大統領の殺害を計画。ケネディ暗殺の実行犯リー・ハーベイ・オズワルドについて、マルクス主義と反カトリック感情に基づくカルト的思い込みが犯行動機ではないかという臆測もある。

今では技術革新とSNSによって、カルト集団は簡単にメッセージを拡散できるようになった。アメリカには現在、1万ものカルトが存在するとの試算もある。政治的に大きな影響力を持つ最も有力なカルトは、16年に登場した極右集団QAnon(Qアノン)だ。

トランプ前大統領は政府の支援を受けた悪魔崇拝の小児性愛者の秘密結社と戦っていると、彼らは主張する。この陰謀論を信じた男が児童買春の拠点と名指しされた首都ワシントンのピザ店に押し入り、発砲する事件も起きている。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

原油先物は下落、米在庫増で需給緩和観測

ワールド

米連邦裁判事13人、コロンビア大出身者の採用拒否 

ビジネス

円安はプラスとマイナスの両面あるが今は物価高騰懸念

ビジネス

米インフレ、目標上回る水準で停滞も FRB当局者が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 6

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 10

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story