コラム

石破首相は日米首脳会談でガザ難民受け入れ問題をスルーするべき

2025年02月06日(木)22時00分

ネタニヤフ首相との会談後、ガザ領有の意向を表明したトランプ  Kyle Mazza/NurPhoto/REUTERS

<この最悪のタイミングでガザ難民受け入れを表明すれば、アラブ圏全体を敵に回すことになる>

アメリカ現地時間の今週4日、イスラエルのネタニヤフ首相との首脳会談を終えたトランプ大統領は、突然、ガザ問題に関して提案を行いました。

「ガザはアメリカが長期領有する。領有にあたっては、必要に応じて米軍を投入する。占領の後、パレスチナ人は全員退去させ、その上で武器と瓦礫の除去を行う。ガザは『中東のリビエラ』つまりリゾート都市として再生させ、経済成長させる」

という驚愕の提案でした。直後から世界各国では、驚きとともに反対の声が多く上がっています。アメリカに近いサウジアラビアもそうですし、当事者となるガザの統治機構であるハマスも勿論、即座に反対を表明しました。


一夜明けた5日の午前7時過ぎには、長年中東における戦場記者として活躍してきたNBCのリチャード・エンゲル記者が、トランプの構想を強く批判していました。ですが、騒動はその辺りまでで、以降は報道が収束していきました。CNNやFOXなどのニュース専門局は、このニュース一色になるかと思うとそうではなく、他のニュースを中心に編成しており、まるで「ガザの米軍占領案」などなかった「かのように」振る舞っていました。

本来であれば、このトランプ発言は、「イスラエル=パレスチナの2カ国体制の終焉」を意味しますし、「アメリカの非介入主義」を転換することにもなるわけで、9.11同時多発テロ級のビッグニュースです。ですから9時半のNY市場の開場にあたっては、ダウが1000ドル以上暴落してもおかしくありません。ですが、市場は全く無反応でした。ダウは300ドル(0.7%)の値上がり、また原油は2%の下げとなったのです。

マーケットはひたすら様子見

保守系が多数の金融業界では、いくら「驚愕の提案」であってもトランプ発言を契機に株が下がっては、大統領の政策に不信任を突きつけるようで、そこには「忖度」があった、そんな印象もあります。ですが、巨大な株式市場や原油市場というのは、日々が真剣勝負であり大統領に遠慮して売買が決定されるようなものではありません。では、爆弾発言から一夜明けたアメリカでは何が起きているのかというと、ひたすら「様子見」ということだと思います。

あまりにも荒唐無稽、驚天動地の提案ですので、「大統領がどこまで本気なのか分からない」し、国際社会としても「正式な反応を保留している」、そんな判断が共有されています。問題の記者会見の際に、大真面目に喋っているトランプの横で、紛れもない当事者の一方であるイスラエルのネタニヤフ首相が「どこかニヤニヤ」した表情を浮かべていたのも気になります。そんな映像が国際社会に流れたことが、この提案全体への「リアクションを保留しておこう」という判断を招いている一因となっているのかもしれません。

それはともかく、表面的には市場もアメリカの政財界も、そして国際社会も「様子を見る」というスタンスで推移しています。異例の状況ですが、内容が重すぎるがゆえに、誰もがそのような態度を取らざるを得ないとも言えます。

そんな中で、石破首相が現地7日、つまり問題の会見の2日半後に首都ワシントンでトランプとの首脳会談に臨みます。最悪のタイミングと言ってもいいでしょう。様々な困難が予想されますが、最低限、石破首相が留意しなくてはならないのは、この中東の問題には一切言及しないということです。問題があまりにも大きく、そして流動的である中では、日米の会談には全く馴染みません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国機の安全阻害との指摘当たらず、今後も冷静かつ毅

ビジネス

バークレイズ、英資産運用大手エブリン買収を検討=関

ワールド

独仏首脳、次世代戦闘機開発計画について近く協議へ=

ワールド

香港議会選の投票率低調、過去最低は上回る 棄権扇動
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story