コラム

石破首相は日米首脳会談でガザ難民受け入れ問題をスルーするべき

2025年02月06日(木)22時00分

実は、石破首相は「シリア難民の受け入れ事例」を参考にして、ガザ難民を医療と教育の分野で受け入れる検討をしていると発言しています。国会質疑で議事録にも残っていますから、これは消せません。公明党の岡本幹事長の質問への答弁ですから連立与党内で検討が進んでいたようです。

仮に、万が一、トランプにこの計画が「事前に漏れて」おり、今回の「ガザからの住民の全員退去」と結びつけて「受け入れ要請」がされた場合は、日本外交は行き詰まります。絶対に、このことを話題にしてはいけないと思います。


何故かというと、これは日本の国是の問題だからです。日本政府は国是としてイスラエル=パレスチナの2国家体制を支援してきました。承認も早かったですし、承認後はパレスチナを正式な国家として扱い首脳の相互訪問などを続けてきました。ですが、仮に今回のタイミングで「ガザ難民の受け入れ」の話をトランプと交わしてしまうと、2国家体制の否定を日本が追認しているという印象を与えます。

トランプ発言の直後であり、各国首脳からの明確な意思表示が揃う前に日本の首相が、たとえ100人だけでも「受け入れ」の相談を、トランプ本人と行うということは、これは非常に大きな意味を持ちます。最低でも、アラブ世界全体を敵に回すことになります。そうなれば、過去半世紀、日本の歴代政権が必死で守ってきた資源確保政策が完全に破綻します。

事態は全く流動的

では、イスラエルは歓迎してくれるかというと、これも疑わしいと思います。彼らにとっては半世紀前に日本発の凶悪な日本赤軍というテロ集団に攻撃されて多くの犠牲者を出した記憶は消えていません。ですから、今でも日本のパスポートはイスラエルでは「最も滑りの良い」扱いはされていません。そんな中で、日本がパレスチナ難民を受け入れるというのは、冷静に考えれば無害かもしれませんが、万が一ということを考えてしまう危険があります。イスラエルとの関係においても、日本として得することはないと思います。

アメリカの反応についても、非常に心配です。トランプ個人は、もしかしたら「有り難い、感謝する」などとリップサービスをしてくれるかもしれません。ですが、現在のアメリカを支配しているトランプ派の抱えている感情論、その深層心理はかなり異なっていると考えられます。

基本的に現在のアメリカ、特に保守派の感覚としては「ガザ難民への同情」はありません。そもそも、今回の騒動と並行して、アメリカは「国連人権委員会」から脱退し、国内では「国際開発局(USAID)」の廃止を進めています。そんな中で苦労して「難民受け入れ」を実行しても、全く感謝もされないし、むしろ「悪質なポリコレ」や「テロ支援」と言われる危険性すらあります。

石破首相としては、いやいやそれ以前の人道問題や、パレスチナとの信義で予定通り、教育と医療目的で100人前後の受け入れはやる、それが日本国の威信だというような姿勢があるのかもしれません。仮にそうだとしても、今週のタイミングでこの問題に言及するのは国家として自殺行為になります。

それ以前の問題として、国際社会や市場の反応がそうであったように、事態はあまりにも流動的であり、誰もが様子を見ている状況です。ですから、今回の首脳会談では、この話題はスルーの一択しかないと考えます。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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