コラム

もし山下達郎氏が、アメリカでサブスクを解禁すれば......

2022年06月15日(水)14時15分

ですが、最近、近所のアマチュア音楽家と議論している中で、1つの新説を紹介されるということがありました。それは、アメリカのジャズ・ミュージシャンでサックス奏者のパトリック・バートリー氏という人が唱えている説で、ベース奏者のアダム・ニーリーという人のインタビューに応える形で、バートリー氏が演奏を交えて、自説を展開している動画です。

バートリー氏の説は「シティポップには明確な特徴がある」とした上で、それは「アグレッシブなリズムの上にメランコリーなメロディーが乗るというユニークな音楽」だとしています。そして、そのサウンドは「アメリカでは非常に珍しい」のでここまで人気が出ているとしているのです。

全くの新説ですが、かなりツボにハマってくる感じがします。一度この解釈が頭に入ると、以降はいわゆる「シティポップ」を聞くたびに納得させられるのです。ここで言う、メランコリーというのは、キーがマイナーだとか、ブルース調だとかいうような狭い意味ではありませんし、アグレッシブなリズムというのも幅広い概念です。ですが、確かにこうした観点で聞くと、「アメリカにはないユニークなサウンド」という気がしてきます。

若い世代からは、自分達は「アニメの主題歌で、このサウンドを刷り込まれている」ので、例えば竹内氏の『プラスティック・ラブ』のサウンドはすぐに馴染んで来たというような声を多く聞くのも事実です。前述のバートリー氏の場合は、「ゲーム音楽が原体験」だったそうです。

この説ですが、まだ確証はありません。そして、ミュージシャンご本人たち、例えば山下達郎・竹内まりや夫妻などが、納得されるかも分かりません。なんとなく山下氏などからは、「ちょっと違うんじゃないの」と反論されるような気もします。

サブスクは「楽曲紹介のツール」

問題は、このバートリー氏の説が正しいかということではありません。とにかく、2022年の現在のアメリカにおいて、21世紀生まれの若者たちの間で、山下達郎氏を頂点とする日本の80年代の音楽が、猛烈な支持を受けているというのは大変なことなのです。これは大谷選手がMLBで人気というレベルではありません。それ以上の広がりとインパクトを持った話です。

残念ながら、CDというメディアでは、この世代にはリーチできません。彼らは、まさにデジタル・ネイティブ世代であり、音楽的にはMP3ネイティブか、あるいはもしかしたら思春期になった時には既にサブスク全盛というサブスク・ネイティブだからです。彼らの多くはCDプレーヤなどというものは、見たことも触ったこともありません。

そんな中で、今回の山下氏のニューアルバムは、アメリカでは日本からの輸入価格として、AmazonではCDで44ドル99セント、LPでは67ドル99セントというかなり高めの価格が付いています。これでは、10代の若者には手が届きません。

山下氏の指摘するように、サブスクは決して音楽へのリスペクトに溢れたビジネスモデルではないと思います。ですから、現在のアメリカの音楽産業では、サブスクは楽曲紹介のツールと割り切って、ファンに本物の音楽体験を提供し、ミュージシャンがマネタイズする機会としては「ライブ」そして「ツアー」があるというビジネスモデルになっているのです。

山下氏は、自身の音楽が世界的な人気を獲得していることは理解した上で、「それでも、アジア各国を回るより日本の地方のファンを大事にしたい」「自分はドメスティック(国内志向)の人間」というような発言を繰り返しています。それも分からないではありません。ですが、状況は変わっています。他でもない、山下氏がお手本にしてきた音楽の本家であるアメリカで、山下氏の人気が爆発しそうなまでに拡大しているのです。

まずニューアルバムのCD販売を一巡させたら、不本意かもしれませんが、サブスクを解禁して、アメリカと世界の若者の渇望に応えるべきだと思います。そうすればおそらく、旧譜を含めた全体としては空前のヒットになるでしょう。その上で、もしも可能であれば、アメリカでのツアーということも、考えていただければと思うのです。もちろん、さまざまな条件をクリアしなくてはならず、簡単ではないと思います。ですが、実現すれば日米の音楽史に新たなページが刻まれるのは間違いありません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

スペースXのIPO、モルガンSが主幹事最有力 マス

ビジネス

BofA、投資銀行部門の賞与引き上げへ 20%増も

ビジネス

ビットコインの12カ月予測14万3000ドル、規制

ワールド

国際司法裁、ミャンマーのジェノサイド訴訟で1月審理
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 7
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 8
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story