コラム

コンビニで外国人店員の方が歓迎されるのはなぜか?

2020年08月20日(木)16時20分

現代の日本社会では次の3つの問題がより深刻化しているように思います。

1つは「ウチとソト」の区別です。ある境界の「内側」では共通言語、例えば極端な省略や暗黙の前提などが機能するが、その外側では機能しないという区別があります。

2つ目は「上下のヒエラルキー」です。「ソト」に対しては全く相手にしないという排除がされる一方で、「ウチ」に対しても人間の序列を強く意識する習慣が強まっています。マウンティングとかカーストというような、口に出すのも恥ずかしい概念がいつの間にか大手を振って歩いている、これは厳しい状況だと思います。

3つ目は「ネガティブな感情」です。「ウチ」の世界に入ると、怒りや嫉妬、自己卑下、一方的な不安や不信の表現など、本来は公共の空間であれば自制するのが当然の「ネガティブな感情」を、どういうわけか表面に出しても構わない、そんな傾向があります。優越性を悪用して「ネガティブな感情」を吐き出すカルチャーも、まだまだ根絶できていません。

そんな中で、コンビニの現場では「ネイティブな日本語話者」同士の方が、微妙な敬語意識のズレ、言葉に出るか出ないかの微妙なニュアンスへの誤解といった問題によって、店員も客もストレスを抱えてしまうリスクを負っています。

「ソト」側の存在の外国人店員

その点で、外国人の店員の場合は、客から見て「ソト」の存在ですから、「マウンティング」の対象でもないし、「ネガティブな感情」を吐き出す相手にもされません。それは一種の差別ですが、結果として、外国人の店員を相手にしたほうが、客も「正しい距離感」を確保して「社会的に振る舞う」ことができるというパラドックスがあるわけです。

考えてみれば、「コンビニ敬語」という言語表現が定着してずいぶん長い時間が経っています。極端なまでに防衛的な表現が生まれた背景には、筆舌に尽くしがたい言葉の暴力に晒された店員たちの苦闘があったと考えると、本当に頭の下がる思いがします。ですが、そこまでやっても、外国人の「余計なニュアンスのない日本語」には勝てず、ネイティブ話者の店員は今でも攻撃のターゲットになっているわけです。

外国人の日本語の方が品格があり、実用的だとまでは言いません。ですが、人との心理的距離を確保し、上下関係ではなく対等の関係を取り結ぶように、日本語を改革していかなくてはならないのは間違いないと思います。老いも若きも、店員も客も正しく対等であり、相互に社会的尊敬を示さなくてはならないという理解を確立すべきです。具体的には相互に「敬体(ですます調)」をデフォルトにするということから始めてはどうでしょうか。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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