コラム

中曽根政権の5年間で日本経済は失われた

2019年12月03日(火)17時10分

つまりアメリカと競争して試行錯誤しつつ順調に進化していた日本のITが、総合的に負け始めていく端緒が、このスパイ事件であり、そして中曽根政権の5年間にジワジワと方向性の誤り、時間の空費が進行し、90年代の大敗北に繋がっていくのだと思います。

もう1つは、1985年のプラザ合意です。先進5カ国の蔵相会議がニューヨーク五番街の「プラザホテル」で行われ、各国が協調する形で、ドル安誘導がなされた結果、急速な円高が進んだ事件です。日本の経済史的には、輸出に不利な円高を強制されたとか、円高不況対策がバブルを招いたと言われることが多いのですが、違うと思います。

円高は、当時の日本経済の短期的な実力からすれば不可避でした。また、バブル崩壊と90年代以降の低迷は、バブル膨張に原因があるのではなく、深層において日本が競争力を喪失していった「結果」と見るのが正当です。

その上で、このプラザ合意を振り返ってみると、まず折角の円高を日本経済は活用することに失敗しました。先進国の企業を買収しても、当時の欧米世論に嫌われてヤル気が無くなったり、買った会社の精査や徹底した経営改革ができずに損をしたり、惨めな結果も多くありました。また、円高パワーを使って、中長期を目指した投資を行うことも足りませんでした。もっと言えば、円高は日本経済が世界へ打って出て、自らも国際化する貴重なチャンスであったはずですが、それを生かすことはできませんでした。

スパイ事件から迷走するITの戦略を立て直すのでもなく、NTTなどの民営化で売り出した金で、情報通信産業の先端へと躍り出るための投資が十分にされるわけでもなく、貴重なチャンスを空費していったのです。

この2つの事件を考えてみるだけで、この80年代中期に日本経済がいかに迷走していたかが良くわかります。生前の中曽根康弘氏は、哲学とか大局観ということを良く口にしていました。ですが、この1982~87年の日本経済において、哲学や大局観が少しでもあったなら、その後のひどい経済の低迷というのは起きなかったか、少なくとももう少し衰退をスローダウンすることはできたのではないかと考えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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