コラム

想定内だったムラー報告書、政治への影響は軽微か

2019年04月19日(金)14時50分

2つ目として、大統領の「司法妨害疑惑」ですが、こちらについては訴追すべきかどうかの議論があり、容疑はあるが訴追には当たらないという、これまた玉虫色の灰色決着となっています。そして、「大統領は特別検察官が設置された時に、これで自分は大統領として破滅だ」と口走ったとか、とにかくこの捜査を嫌がっていたというエピソードが紹介されています。

これが普通の大統領であれば、こんな言動が暴露されたら大スキャンダルですが、トランプの場合は、世論が麻痺してしまっており、誰も驚かないという状況になっています。そうではあるのですが、とにかく、灰色というのが報告書の内容ではあります。

3つ目としては、「ウィキリークス」への「ヒラリー陣営のメール漏洩」に関して、トランプ陣営内の様々な言動が記載されていることです。訴追には値しないとは言え、一部には「予想以上」という声もあります。

結論を言えば、特別捜査官にしても、司法省の中枢にしても、ここで「大統領弾劾に十分な証拠と意見」を突きつけても怨念を残すし、反対に「大統領は真っ白」だということにしても司法省(日本の法務省+最高検)の権威は下がってしまうわけです。ですから、自分たちの組織とアメリカの法体系を「左右対立」から守るために、玉虫色だが灰色という決着にしたのだと思います。

中道票にアピールできない民主党

今回の報告書の政局への影響ですが、とりあえず影響は軽微という見方が一般的です。大統領のコアの支持者は「とにかく白か黒かというなら白であり、政治的勝利」と思っている一方で、民主党系の反トランプ派から見れば「法律的には灰色でも、暴露された言動は真っ黒」という印象を持つでしょう。結果的に、左右に分裂した政局への影響という意味では、「中立」ということだと思います。

ですが、トランプへの賛否でカッカした頭をよく冷やして、冷静にこの報告書に相対するのであれば、「政敵を陥れるために外国の諜報機関と協調した」とか「違法な強権発動はしなかったが捜査に対してパワハラ的な圧力はかけ続けた」というのは、やはり異常です。アメリカの良識ある中道層が本気で考えれば、そうした結論になる可能性は十分にあります。

そうであっても、そうした声が投票行動に結びつくには、野党の民主党側が、広範な中道層に訴える穏健な政策を掲げ、しかもカリスマ性のある候補を立てなくてはなりません。現在の民主党には、そのような存在は現れていない中で、高齢政治家と、中道票にはアピールしない左派の政策論ばかりが目立っているのです。

民主党は、ニューヨーク地裁に訴えたり、下院の国政調査権を使って「まだまだ告発をやる」構えですが、2020年へ向けて本格的な大統領候補を決められなければ、政局をリードすることはできないでしょう。

その意味で、今回のムラー報告書は、そのような「左右対立の固定化した状態」にはほとんど影響を与えず、また中間層の良識を「アンチ・トランプ」に結集するほどのインパクトもなかった、そのように評価することが可能だと思います。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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