コラム

数学が得意な日本で、なぜ三角関数が嫌われる?

2019年01月15日(火)15時20分

日本の学校教育では関数電卓を使わない Kerrick/iStock.

<三角関数が義務教育で必要かどうかを議論する以前に、日本の学校で関数電卓の実用的な使い方を学習していないことが問題>

年明けのネット番組で、橋下徹氏が「三角関数なんて大人になってから使ったことがない。国民全員が絶対に学ぶべき義務教育と、さらに深く勉強する教育は分けて、後者は選択制にすればいい」と発言したのを受けて、「三角関数不要論」がネットで話題になっています。

私自身は、三角関数というのは、国民生活には不可欠であると思います。製造業、建設業、不動産業など図面がベースになっている分野をはじめとして、耕地の計画という意味では農業もそうですし、室内装飾の設計、菓子のデザインなど、三角形を使ったありとあらゆる計量や設計を行う際に、画期的なツールだからです。

ですが、気になったのは三角関数の不人気という問題です。ネットの世界で、橋下氏の発言が好感を持って受け止められた背景には「三角関数が嫌い」だとか「三角関数が苦手」という意識があると考えられるからです。

日本は数学や算数の知識と技能が、国民の多くに行き渡っていて、その分厚い「中間層」が一時期の製造業を支えたと言われています。実際に、四則計算や、簡単な図形の問題などでは、日本の数学力は今でも世界のトップレベルにあるようです。

その数学の得意な日本で、三角関数が嫌われているとしたら問題ですし、実に「もったいない」とおもいます。

三角関数嫌いの原因ですが、2つの問題が考えられます。

1つは受験制度とカリキュラムの関係です。中学3年までの履修内容であれば、高校受験のために多くの中学生は必死に勉強することになります。ですが、三角関数は中3の範囲では履修しません。多くの場合、高校に入学してから勉強します。

ところが、高校の次の大学入試は、文理の区別があります。そこで、センター試験を受けたり、二次試験に数学がある国公立や一部の私立を除くと、多くの「私立文系」の場合は入試科目に入っていません。ですから、高校に入学して、大学は私立文系というコースに乗ってしまうと、数学はそれほど真剣に学ばないということが出てきます。

それだけでなく、高校になって初めて出会った三角関数に馴染めないために、そこで数学を諦めて私立文系コースを選ぶ学生も多いのだと思います。もちろん、21世紀の世界では、数学やサイエンスを学ばない「文系」というカテゴリ自体が時代遅れですから、やがて日本の制度も変わるかもしれませんが、現時点で言えるのは、中高のカリキュラムの設計や受験制度のために、三角関数が「嫌いになっても逃げ道があり、一生嫌いになってしまう」人を作り出しているということは言えると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日中首脳、台湾を議論 高市氏「良好な両岸関係が重要

ビジネス

アングル:ドル155円の攻防へ、相次ぐ円安材料とべ

ワールド

中国習主席、APEC首脳会議で多国間貿易体制の保護

ビジネス

9月住宅着工、前年比7.3%減 6カ月連続マイナス
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 8
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 9
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 7
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 8
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story