コラム

日本の災害で、早めの避難指示を妨げるもの

2018年07月24日(火)17時30分

西日本豪雨災害を受けて政府は早めの避難指示を検討している(写真は広島県熊野町の救出活動、11日) Toru Hanai-REUTERS

<アメリカでは災害が予測されると、強制力が強い「避難命令」が出される。警察や州兵が避難を強制するが、そこでは日本のような「上下関係」は存在しない>

アメリカで最大の自然災害といえば、大西洋で発達して東海岸からフロリダ半島、そしてメキシコ湾岸を襲うハリケーンではないかと思います。ハリケーンが接近しますと、通常は気象情報にしたがって上陸予測時刻の2日前ぐらいから「非常事態宣言」が出され、例えば標高が低く高潮被害の予想される地域などでは「マンデタリー(強制的)」な避難命令が出ます。

その結果として、毎年のように家族全員と家財道具を乗せた自動車が殺到して、高速道路が大渋滞になるシーンがテレビで報じられます。もちろんどんな時も、事前の避難がうまくいくわけではなく、2005年の「ハリケーンカトリーナ」の場合は、フロリダを抜けてメキシコ湾に入ってから、あそこまで急速に発達するということは予想できず、避難体制の不備から大きな被害を出してしまいました。

そうした失敗例はあるのですが、少なくとも接近が予想された時点で、例えば風や雨がまだ来る前に、避難指示が出されて、大規模な人口が移動するという点では、非常事態宣言や避難命令の体制は機能していると言えます。

そうした習慣に慣れてしまうと、日本の気象災害において、大雪の予報が出ていて交通の混乱が予想されても出勤するとか、豪雨の予報が出ていても「実際に避難が難しいぐらいの大雨」にならないと避難命令が出ないという実態は「もどかしく」見えてしまいます。

台風のようにコースも速度もある程度把握ができていて、災害の発生時刻も予想できる場合でも、避難指示が「事前に」、つまり天候が安定していて安全に避難ができるタイミングで出ることは少ないようです。

では、アメリカの場合はどうして「事前の避難」が機能しているのでしょうか?

強制避難命令というのは、英語では「マンデタリー・エヴァキュエーション」で、文字通り「強制」です。ですから、危険な地域では地元の警察や州兵が動員されて、避難の徹底が行われることになります。この「強制(マンデタリー)」というのは非常に強い言葉です。ですが、上から下に力で押さえつけるというニュアンスはありません。

あくまで機能として警察や州兵は危険地域を巡回しながら「避難を強制」していくのです。では、例外は全く認められないのかというと、必ずしもそうではなく、通信やエネルギーの拠点を管理するエンジニアが「業務上残る」と言えば、それを認めて風雨が強まった後は、その人たちの安否を気遣う行動が取られます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米の日鉄投資計画承認、日米の経済関係強化につながる

ワールド

米空母、南シナ海から西進 中東情勢緊迫化

ビジネス

ECB、政策の柔軟性維持すべき 不確実性高い=独連

ワールド

韓国、対米通商交渉で作業部会立ち上げ 戦略立案へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story