コラム

日本在住外国人を対象にした日本語教育への提言

2018年05月29日(火)18時30分

2つ目は、どんな日本語を教えるのかという問題です。最近の日本ブームを受けて海外の「日本好き」の若者の間では、日本のドラマやバラエティで使われるテンポのいい「タメ語」、つまり「だ、である調」の言葉を一刻も早く習得したがる傾向があります。

もちろん、生きた日本語をどんどん耳から学んで行くのは、素晴らしいことですし、習得のペースも上がって行くことになると思います。ですが、その一方で、「だ、である調」には難しさもあります。まず、文法的には動詞の変化が「です、ます」よりも数倍複雑になります。

それから、「だ、である調」は「ね」とか「よ」、あるいは「わ」「よね」といった「助詞(てにをは)」と結びつくことで、感情をダイレクトに表現する機能があります。そのためもあって、非常にカラフルなニュアンスを表現することになる一方で、TPOに合った表現を正確に選ぶのは、ネイティブでも難しいわけです。

この「だ、である調」のニュアンスに関しては、世代によって、地方によって異なることもあり、日本語ネイティブの間でも「失礼だ」とか「そんなつもりじゃないのに」といったトラブルの元になります。ただし、外国人の場合は、エラーの度合いが大きいために、誤解されてトラブルになるよりは、面白いということで許されるケースが多いのも事実ですが、それはそれで問題だと思います。

これは1つの提案なのですが、そのようなニュアンスがむき出しの「だ、である調」ではなく、個人と個人が対等にお互いをリスペクトするような「です、ます調」を社会のデフォルトにして行くのはどうでしょうか?

今の若い日本語ネイティブの世代には「です、ます調」は敬語であって、パーソナルな感じがしないし冷たいというイメージを持たれているようです。ですが、それはあくまで内輪のコミュニケーションの場合であって、職場や、小売を含めた取引の現場などで、格下の人間は「です、ます」の使用を強制され、反対に目上が一方的に「だ、である」を使うのは非人間的な権力行使になる、と言いますか、それ自体がパワハラであるとも言えます。

そして、日本語の非ネイティブの場合は、「だ、である+助詞」の表現のパーフェクトなニュアンス発信・受信は大変に難しく、結局は非ネイティブとネイティブの間には薄い膜のようなものがいつまでも残るように思います。

超党派議員連盟の皆さんの言う「多様な文化を尊重した活力ある共生社会の実現」ということを具体的に実現するには、1番目の「各人の母語へのリスペクト」ということと、2番目の「です、ます調を社会のデフォルトに」ということが有効な手段になると思います。


【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:中東ファンドがワーナー買収に異例の相乗り

ワールド

タイ・カンボジア紛争、トランプ氏が停戦復活へ電話す

ワールド

中国の輸出競争力、ユーロ高/元安で強化 EU商工会

ワールド

新STARTの失効間近、ロシア「米の回答待ち」
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 4
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 5
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 6
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的、と元イタリア…
  • 7
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story