コラム

墜落したアパッチヘリが象徴する軍事予算の矛盾

2018年02月06日(火)15時45分

ところで、現在この「ミリ波レーダーによって地上の複数の動く対象を追尾する」という技術は民間で大きな進歩を遂げています。それは自動運転車(Autonomous Cars)実用化の基幹技術だからです。ミリ波レーダーなども性能が劇的に向上する一方で、価格は暴落しています。また、複数の移動物体を追尾し解析するソフトウェアとしては、最新の「ディープ・ラーニング」を取り入れたアルゴリズムによるAIが日進月歩となっています。

その最先端で争っているのが、インテルとNVIDIAで、両者は最終的に「自動運転専用チップ」のディファクト・スタンダードを目指して激しく競っているのです。そのNVIDIAが2017年10月に発表した「NVIDIA 自動運転車プラットフォーム」では「周囲の動体認知」「自車の周囲環境認知」「フリースペース認知」「地図情報との照合」といった多角的な「思考」を同時にリアルタイム処理することで、人間の頭脳より高度な「安全走行への判断」ができるという触れ込みです。

民生用と軍事用のテクノロジーを直接比較することはできませんが、少なくとも「アパッチ・ロングボウ」が同時に10数種の敵を認知し、敵味方を識別して攻撃の優先順位をつけるという性能なのであれば、その周囲認知能力と判断能力は、17年に実用化されたNVIDIAの小さなLSIチップより何桁も単純な話に違いありません。

あえて想像するのであれば、例えば2018年現在のドローン技術と、このミリ波レーダーによる動体認識技術、そこにAIのアルゴリズムを総合していくことができれば、多分、このAH64Dと索敵対決シミュレーションを行って、簡単に勝ってしまうマシンを作ることは、比較的容易ではないかと考えられます。

ちなみに、このNVIDIAという企業は、AI技術へのGPU転用を評価されて株高で推移してきたのですが、2~5日(先週末から今週明け)にかけてのナスダック市場の株価急落の「主役」にもなっています。そのぐらい注目されている企業です。

同じような技術が軍事利用されるのは倫理的に悪で、民生用に使われれば人々の役に立つという議論があります。その通りだと思います。ですが、もっと怖いのは軍需というのは壮大な公共投資であり、同時に機密保持を理由とした不透明な調達のされる世界だという問題です。

今回のヘリ事故で明らかになったのは、現代の民生用技術であれば近い将来に量産チップと周辺機器が大量生産されて数100ドル程度の価値になってしまうテクノロジーに、2000億近い国家予算が投入されていたわけで、それも今回1機が全損となることで、予備機を含めた編隊の能力としては中途半端になることが予想されるのです。

もちろん、本機が導入された2000年代の初頭においては、それだけの価値のある先進技術であったのかもしれません。仮にそうであったにしても、20年近い時間の中で、民生用の技術の方が大きく進んでいったのは間違いありません。

そんな中で、このAH64Dについては、17年4月に、その「アパッチ・ロングボウ」レーダーシステムを暗視能力や荒天時の能力などの向上を含む「アップデート」をするために、防衛省はロッキード・マーチンへの発注を行ったようです。赤外線センサーによる暗視とか荒天時の認識ということでは、それこそ自動運転技術の中で民間では猛烈な性能向上とコストダウンが進んでいる分野なのですが、一体ロッキード・マーチンとの契約金額はいくらだったのでしょうか。大変に気になるところです。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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