コラム

安倍首相の真珠湾献花、ベストのタイミングはいつか?

2016年05月19日(木)16時40分

 さらに、これはやや政治的計算になりますが、「真珠湾行きを決断」したということになれば、G7の議長国としての進行にも追い風となるでしょう。そうなれば日本は為替操作国といった偏見報道を抑制することも可能になると思います。

 アベノミクスの円安は、アメリカの雇用を奪うものではないし、増税延期をするかどうかについても、財政再建にベストの判断となるように検討している、そうした日本の立場を正確に理解してもらうには、国際社会における首相の権威が高まることが有効だと思うからです。

 いずれにしても、広島における追悼の儀式は大変に重要である一方で、この歴史的なイベントのウラには「トランプ現象という排外ポピュリズム」にどう対抗するかという問題、そして「通貨戦争」という文脈も意識せざるを得ないことがあると思います。

 やはり、5月27日以前に発表、そして実際に訪問する日付も8月末以前というのが良いと考えられます。問題は増税先送り、そして解散の判断を含めたタイミングについて政権としては判断が難しいということかもしれません。ですが、それでも万難を排して、早期発表、早期実現を期待したいと思うのです。

【参考記事】オバマ大統領の広島訪問が、直前まで発表できない理由

 最後に一点、これは確定した話ではないのですが、真珠湾献花を急がなくてはならない物理的事情もあります。真珠湾献花がどうして重要なのかというと、ここが戦端の開かれた土地であるだけでなく、この場所で日本軍の攻撃を受けて沈没している戦艦アリゾナには、1000人を越える将兵の遺骨が艦内に眠っているからです。

 ですから、このアリゾナ記念館というのは、文字通りの墓所であり、だからこそ献花にはエモーショナルな意味合いがあるわけです。その将兵の遺骨に関して「引き揚げてDNA鑑定を行い遺族に引き渡す」という構想が出たり入ったりしているのです。

 例えば近年、同じく真珠湾内で攻撃を受けて沈没した戦艦オクラホマから、7人の兵士の遺骨が回収され、DNA鑑定されています。アリゾナに関しても、戦没者の遺骨を特定できるのであれば、遺族の元に戻すべきという声が出ています。もしも、こうした動きが実現するようですと、アリゾナという戦艦は近い将来には沈黙の墓所ではなくなってしまいます。

 もちろん、遺骨が家族の元へ帰還して永眠の地を得ることは良いことですが、日本国総理大臣の献花というのは、その前に行われるべきなのが歴史の順序だと思います。そう考えると、ハッキリとは申し上げられませんが、残された時間は限られている、その点の配慮も必要と思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、シカゴへ州兵数千人9月動員も 国防総省が計画策

ワールド

ロシア・クルスク原発で一時火災、ウクライナ無人機攻

ワールド

米、ウクライナの長距離ミサイル使用を制限 ロシア国

ワールド

米テキサス州議会、上院でも選挙区割り変更可決 共和
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋肉は「神経の従者」だった
  • 3
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく 砂漠化する地域も 
  • 4
    一体なぜ? 66年前に死んだ「兄の遺体」が南極大陸で…
  • 5
    『ジョン・ウィック』はただのアクション映画ではな…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 8
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 9
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 10
    【独占】高橋一生が「台湾有事」題材のドラマ『零日…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 6
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 7
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 8
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 9
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子…
  • 10
    3本足の「親友」を優しく見守る姿が泣ける!ラブラ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story