コラム

世紀の大傑作『かぐや姫の物語』にあえて苦言を一言

2013年11月26日(火)13時13分

 主人公と言えば、その「かぐや姫」の「美しさ」ということも特筆に値します。これも「輪郭線と塗りつぶし」からの解放ということが大きいのだと思います。というのは日本の女性像としては異例なまでに「強い目」を表現していながら、その「目線が柔和」なのです。この「柔和にして鋭敏」な「目力(めぢから)」が美しさの秘密で、これもまた、アニメ表現をアートのレベルにまで昇華させていると言って良いでしょう。

 ストーリーに関しては、原作の『竹取物語』に極めて忠実な一方で、自然に囲まれた生活と都会の生活の対比という追加されたモチーフには『アルプスの少女ハイジ』との共通点を強く感じます。ですが、そもそも高畑勲監督が若き日に参加した日本のアニメ版『ハイジ』には、日本的な自然観が色濃かったわけで、この点にも違和感はありませんでした。というよりも、キャラクターの成長とストーリーを立体的にするための「追加」としては全く問題なく原作のストーリーと一体化していると思います。

 声優陣も皆さん素晴らしく、特に地井武男さんの演技は超絶的としか言いようのないものでした。既に他界されている地井さんですが、その演技がこのような形で永遠に残るというのは、役者さんという仕事ならではの特権でしょうが、それにしても見事でした。

 では、この『かぐや姫の物語』は完璧な作品なのでしょうか? そうではないと思います。二つの点について、あえて苦言を呈したいと思います。

 一つ目は、全てがあまりにも緊密に完成されている一方で、おそらくはその緩和を企図しての「リラックスさせる要素」が入れられていることです。例えば主人公の姫の「侍女」である「女童」について「パタリロ」にも似たコミック的な処理がされていることが気になりました。それと、これは「ネタバレ」になりますが、主人公の「幼馴染み」との再会において、妻子ある男性と「逃げる」とか「逃げない」という会話が出てくるのも、ちょっと引っかかります。

 別にクソ真面目な観点だけで作品を作れとは言いませんが、この二点に関しては「受ける」かどうかという点で普遍性が弱いわけです。現代の日本人の観客だけが対象であるのならば、こうした「遊び」や「人間くささ」を入れることは「見やすさ」になるという判断があるのは分かります。ですが、もしかすると千年の命があるかもしれない作品として、あるいは世界の幅広い文化圏から賞賛を受ける可能性のある作品として考えると、こうした処理は不要であると思いました。

 二点目はもっと深刻な問題です。序盤の山の中で「かぐや姫」が成長してゆく場面を通じて、身体の「秘めるべきところを秘めない」という表現スタイルが貫かれているのです。ある授乳シーンでは、乳房が大きくクローズアップされますし、赤ん坊や幼児はほとんど半裸の姿で、男女の身体的特徴まで露わに描かれています。幼児の「お尻」は何度も何度も出てきます。また、全裸の少女が水に飛び込むシーンもあります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story