コラム

31歳で世を去った『Glee』主役、コリー・モンティスの悲劇

2013年07月18日(木)10時11分

 人気絶頂の中での芸能人が急死ということでは、ここ数年で言えば、マイケル・ジャクソンであるとかヒース・レジャーの例があるわけですが、7月13日のバンクーバーにおけるコリー・モンティスの死というのは、その悲しさという点では突き抜けていると思います。

 コリー・モンティスの出世作であり、代表作となったミュージカルTVドラマ『Glee』については、日本でも放映されていますのでご存知の方も多いと思いますが、2009年から現在にかけて全米で最も成功したドラマと言って良く、社会現象になっているという言い方もできると思います。

 舞台は、オハイオ州にある架空の高校の「合唱部(グリークラブ)」です。この「グリークラブ」というのは、クラッシックや唱歌、聖歌などを歌う「合唱団(クワイヤ)」ではなく、どちらかと言えば、ミュージカルやポップのナンバーを歌って踊るものです。

 お話は、そのグリークラブが、メンバーが身体障害者であったり、同性愛者、あるいは人種的なマイノリティなどの集合体なのですが、校内の「主流派」である、フットボール部やチアリーダー部からは「バカにされ」、存続の危機に瀕する中から、クラブとしても、またメンバーの個々人も様々な苦難を乗り越えて成長してゆくというストーリーです。

 基本的には学園ドラマであり、またスポ根的な努力と友情の物語であり、そして何よりも洗練されたミュージカル仕立てであるわけですが、それに加えて、同性愛の問題、身体障害の問題、人種問題などを非常に深く扱っており、ドラマ自体が21世紀のアメリカ社会の縮図という設計になっているのです。

 コリー・モンティスの演じている「フィン君」という主人公は、最初はフットボール部の「花形選手」だったのですが、偶然に「歌がうまい」ことがバレてしまい「グリークラブ」に関わっていったのでした。そのフットボール部員たちが車椅子に乗っている「アーティ君」に対する「いじめ」を行なっていた際に、「フィン君」はその行為に加担せず「アーティ君」を助けるという初回のエピソードはガッチリと視聴者の心をつかんだのでした。

 その「フィン君」という役は、女性ファンの多いこのドラマにおける「二枚目」であり、ミュージカル仕立ての中では、男性のリードボーカルであり、また女性陣のリードボーカルである「レイチェル」(演じているのはリア・ミシェル)とのロマンスが重要なストーリーの横糸になっているという位置づけです。同時に「将来の進路」に関しては、激しく揺れ動く中で試行錯誤が続くという辛い役も背負わされたキャラクターでした。それが「少年の面影をたたえた生真面目でちょっとシャイな」彼の外見にも合っていて、爆発的な人気になっていったのは当然と言えると思います。

 亡くなってからの報道で驚いたのですが、現実のコリー・モンティスの足跡は、劇中の「フィン君」のキャラクターと多くの点で重なっているのです。父親が軍人であること、両親が離別していること、10代の後半に様々な試行錯誤をしていること、そして現実世界でも相手役のリア・ミシェルと交際していたことなど、正に『Glee』の「フィン君」というキャラクターは、リアルな世界のコリー・モンティスと不可分であったのです。

 ただ、ドラマが描いている「フィン君」の試行錯誤に比べると、現実のコリー・モンティスの背負っていた過去というのはもっと重たいものでした。7歳まで神童と呼ばれた彼は、両親の離婚を契機に学習に集中できなくなり、10代の前半で薬物中毒に陥る中で中学を中退し、高校には通っていないのです。その後、ウォルマートの店員や、屋根の修理工、バス運転手などをやりながら音楽を勉強して、この『Glee』での役をつかんだという、苦しくも激しい人生を歩んできたのでした。

 モンティスは「自分には高校生活の思い出がないので、ドラマで経験できるのが嬉しい」と言っていたそうですが、その薬物中毒の症状は昨年から再発しており、今回は交際相手のリア・ミシェルとの相談の上で「薬物中毒のリハビリ」プログラムに参加、それが終わったばかりであったようです。ミシェルは、報道によればソロアルバムの制作が佳境を迎える中でNYに行っていて、モンティスは1人でバンクーバーのホテルに宿泊していた中での悲劇でした。バンクーバー市警からは、ヘロインとアルコールの同時摂取による中毒死と発表されています。

 ドラマが最高潮を迎えつつあった2011年の夏に、彼等は全米ライブツアーを行ったのですが、6月のフィラデルフィアでのステージを見ることのできた私は、彼等の生の魅力を体験しています。その頃から思っていたのは、この『Glee』の人物たちは、余りにも役と役者さんが一体化しているために、番組を「卒業」した後のキャリアを描くのは大変だろうということです。その懸念は、コリー・モンティスの場合は消えてしまいました。「フィン君」は「フィン君」のままで永遠に星になってしまったのです。

 今は、直前に「第5シーズン(9月13日スタート予定)」の収録が迫る中で、その冒頭部分で「フィン君」がどのような扱いになるか、一部の冷静なファンは注目しているようです。制作陣は今日現在、全力でストーリーの組み換えを行なっており「コリー・モンティス、そしてフィン君へのトリビュート」を表現しようとしていると伝えられているからです。

 ですが、多くのファンは憔悴しきっているという交際相手のリア・ミシェルのことを案じつつ、どうやってモンティスを「見送ったらいいのか」心の整理がつかない状態だと思います。

 そんな中で、同性愛への反対を唱える右派の教会(カンザス州の「ウェストボロ・バプテスト教会」)は、「モンティスの葬儀には抗議行動を行う」などという何とも無神経な声明を出しています。同性愛支援のTVドラマへの抗議だというのです。オバマ大統領一家も応援していたというある種の「時代の思想と空気」を代表する番組の主人公の死であるだけに、そんな「抗議行動」も「勲章」の1つと言えるのかもしれません。ですが、亡くなった人への叙勲が遺族の慰めには余りならないように、とにかく『Glee』のファンたちは、ひたすらに喪中の時間を過ごしていると言っていいでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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