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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
「雪が溶けると春になる」はどうしてバツになるのか?
医薬品関係のベンチャー企業を立ちあげている私の友人が、子供時代に日本の小学校で経験したある「光景」をある雑誌のインタビュー記事で語っていました。その小学校の先生は、「白の反対は何か?」という問題を出したところ、彼の友人は「赤」だと答えたのだそうです。ところが、先生はその答えを絶対に認めなかった、そのことが友人にはショックだったそうです。
彼に言わせると、日本では「複数の答えがあるということが受け入れられない」という問題があるというのです。私もそう思います。似たような話としては、昔から「小学校の受験問題」で「雪がとけると何になるでしょう?」というのがあって、「水」は正解だが、「春になる」は不正解になるということが言われています。これも「複数の答えを許さない」例です。
ではどうして「雪がとけると春になる」というのはバツになるのでしょうか?
(1)理科の先生が出題したとか、そうではなくても、理科的なセンスを問うというカテゴリとして意図した出題だったことが考えられます。そこで「春になる」という答えを認めると、理科的なカテゴリの出題で、国語的な文脈から来た正答も認めるということになり、出題意図そのものの否定になってしまうと考えられたのでしょう。
(2)それ以前に、出題内容は出題委員会か何かで審議して「正式に決定」し、その際に「正答もしっかり確認して決定」されて「正答一覧」の「原本」が確定していたのでしょう。採点は多くの先生が「機械的かつ客観的」に行うことになるわけで、その際には一々「柔軟に」判断がされていては採点ができないので「原本」で決定されている「正答」は曲げないという運用になるのだと思います。
(3)小学校の入試では、「幼稚園児らしさ」つまり「純真な子供らしさ」というような価値が問われているのかもしれません。つまり年齢相応の発達段階というものがあり、その枠内に入っている子どもが理想的とされるわけです。そうなると「雪がとけると春になる」ということを言いたがる子どもは「素直ではない」という話になりそうです。
(4)そこまで悪意がなくても、「解答として認めてしまうと、複雑で高度な解答もアリということになり、塾での教育がどんどん過当競争的に難しい方向に加熱する」という「懸念」から、「個人的にはいい回答だと思うが、判断としては誤答とせざるを得ない」なんていう複雑な判断もあるのかもしれません。
(5)それ以前に「幼稚園児向けの塾」が「それなりに小学受験の業界を牛耳って」おり、ある学校が「雪がとけると春になる」をマルにしてしまうと、塾産業が大混乱を来してしまい、その学校の世評が下がるというようなこともあるのかもしれません。「客観性に欠ける採点をしている」というような噂というのは、案外広まりやすいものです。
私はここまで、日本の小学校や小学受験の悪口を言おうとして、この話をしてきたわけではありません。
例えば、最近この欄で「ハーバードがホームレスの学生を合格させている」というお話をした際に、モチベーションを中心とした「全人格的な評価」で合否を決定すること、その際の選抜の方法論について紹介をしています。また、その直後に京都大学からは、「高校時代の幅広い学習や体験、学問への意欲・主体性などを評価に加える新しい入試制度の導入」を検討するという発表もされています。
ですが、本当にそうした選抜、評価をするためには、この場合は大学ですが、小学校での「雪がとけると春になる」をマルにするのと同じような「改革」をしなくてはならないのです。端的に言えば「複数の解答を認める」ということです。例えば先ほどの「雪がとければ」という問題を例に取れば、(1)予め問題の出題意図を1つに決め込まず、(2)意外な回答が出た場合はその場で柔軟に対応し、(3)求める生徒のイメージを広く構え、(4)受験準備が高度化するのも大いに結構、(5)受験産業秩序への混乱も大歓迎という姿勢が必要になるわけです。
それに加えて、1つ1つの答案の示す「逸脱」を評価するだけの「きめ細かな答案の読み込み」や、複数の価値を認めつつ、より高い視点から学生の「成長の可能性」への期待を描いてゆく評価方法を作ってゆかねばなりません。
いずれにしても、京大のアイディアは方向性としては間違っていないと思います。そして、その方向性は「雪がとけたら」という問題に複数の解答を認めるという話に、それももっと複雑な話になってゆくわけです。その事実に負けずに、とにかくこれまでの日本の入試制度が「客観性」の美名の下で、いかに手を抜いてきたのかを直視して、改革に進んでほしいと思うのです。
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