コラム

尖閣という方程式

2012年04月18日(水)10時51分

 尖閣諸島の地方自治体もしくは国による保有という問題は、石原知事が言い出した背景には、新党問題が話題になる中での国内政治があるのでしょう。また、どうして今のこのタイミングで議論を出してきたのか、という点に関しては、重慶市の薄熙来書記の失脚で浮かび上がった中国共産党内の政争という背景があると思われます。

 政争が顕在化する中で、胡錦濤政権からこうした軍事外交上の問題に関しても、意見のズレが透けて見えるのかどうかは、日本だけでなくアメリカも重大な関心を持っていると考えられるからです。それはともかく、この機会にこの「尖閣」をめぐる「方程式」について確認しておきたいと思います。

(1)今回の報道で気になるのは、尖閣に関する領有権の主張が「中国と台湾」からされているという言い方です。この問題に関しては、中国と台湾を「同じように争っている敵」というイメージを強めるのは得策ではないように思います。あくまでも、中国の海洋戦略における膨張主義とのバランスを維持するのが目的であり、台湾に対して妥協する必要は全くありませんが、中国と同列に敵視するよう日本の国内世論に訴える必要はないと思います。

(2)まず、台湾は南シナ海で中国との領土紛争を抱えています。ここでは広い意味では台湾は、アメリカとそして日本とも協調関係にあります。尖閣問題において台湾を中国と同列に敵視することが、ある度合いを越えると中国として日台分断が図れることになります。

(3)一つ意識して置かねばならないのは、仮に尖閣に「台湾の活動家」が上陸して勝手な行為を繰り返し、そこで日本の海保との間で深刻なトラブルになったとします。その際に、「中国の艦船」がこの「台湾の活動家」なる存在を「救出」に動く中で、仮に「中国の艦船」の乗組員に海保を巻き込んだトラブルの中で不慮の事故が発生して1名ないし2名の犠牲者が出たとします。そうなると、その際の政治経済の情勢にもよりますが、台湾の世論は動揺して「中国側の英雄的犠牲」を賞賛せざるを得なくなります。このシナリオでは、尖閣での対処の結果、台湾というもっと大きな存在を失うことになるわけです。大変に危険なシナリオであり、その可能性を低めるためにも、水面下の日台関係には留意が必要と思います。

(4)世界の軍事外交の「問題」には、どうしても早く解決しなくてはならない問題と、このままバランスさえ取れていれば「解決」を焦る必要はない問題があります。尖閣も、そして台湾という問題も明らかに後者に属します。今回の騒動には中国の反応を探る効果はあるにえよ、一定程度以上に問題をエスカレートさせることで、相手に付け込まれる危険はないのか、慎重を期するべきと思います。

(5)今回の話でイヤな感じがするのは、領土の国家主権というのは土地の所有権という「私権」ではビクともしないという大原則が揺らいでいるということです。中国は、借金でクビの回らない国の国債を買って影響力を行使しようとしたり、必要以上に広大な土地を在外公館のために購入しようとしたりするのが好きなようです。そこには、カネで私権を買えば軍事外交上の支配権に転用できるという勘違いがあると思うのです。文明国にはそんな原則はないのであって、例えばアメリカではロックフェラーセンターを日本が買おうが、売ろうが、あるいはNYの一等地のホテルがアラブの財閥に渡ろうが痛くもかゆくもないわけです。この点において、都が買うとか国に買わせるという論理は、中国の「勘違いの挑発」に乗せられているようで感心しません。

(6)そもそも無関係な東京都が買うというのも良く分かりません。尖閣というのは沖縄の問題であって、東京の問題ではないからです。沖縄はどうしても中国に近い一方で、基地の問題も抱えており、あまりこの問題を背負わせると、反基地派を親中派に追いやるとでも思っているのでしょうか? あるいは、尖閣の問題でもう少し緊張が高まれば、基地問題に関する沖縄の世論を揺さぶることができるとでも思っているのでしょうか? この点に関しては、米国占領時代の沖縄の人々がどれほど真剣に祖国復帰運動を続けたかを理解すれば、そんなに失礼なことはできないと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

再送-米、ロ産石油輸入巡り対中関税課さず 欧州の行

ワールド

米中、TikTok巡り枠組み合意 首脳が19日の電

ワールド

イスラエルのガザ市攻撃「居住できなくする目的」、国

ワールド

米英、100億ドル超の経済協定発表へ トランプ氏訪
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story