コラム

遠ざかる「パールハーバー」、ヒロシマはどうなる?

2011年12月09日(金)09時38分

 70周年は静かに過ぎていきました。20世紀までは常にアメリカにとって12月7日のヘッドラインを独占していた「真珠湾記念日」ですが、21世紀に入ると共に扱いは小さくなっていきました。今年は70年という大きな節目だけあって、記念式典などは厳かに行われていましたが、社会的な関心は極めて平静でした。

 それは自然にそうなったということもありますし、またアメリカの政府としても特に大きく扱う理由がなかったのだということだと思います。日米関係は極めて密接ですし、その一方で実際に真珠湾攻撃を経験した「生き証人」も減り、全ては時代の彼方に過ぎ去って行こうとしている、そういうことでしょう。

 実は、私はこの11月にハワイで行われたAPECサミットが、真珠湾70周年と結びつけられてしまうことを心配していました。日本の天皇も首相も「戦艦アリゾナ記念館」にはまだ献花していない中、野田首相が胡錦涛やメドベージェフと一緒に献花をさせられるということになれば、日米の一対一での「和解の儀式」というのは不可能になる、そんなことを思っていたのです。それどころか、野田首相にとっては唯一の「枢軸国代表」として集団献花に参加するというのは屈辱と取られる危険性もありました。

 ですが、この点に関しては一切杞憂に終わったことになります。私の推測ですが、日米の外交当局の間に、この点についてはキチンとしたコミュニケーションがあったのではと思います。当局としては、一切認めないと思いますが、恐らくは「アメリカン・スクール(米国派)」の人々が良い仕事をしたのでは、そんな風に勝手に見ているところです。

 この「70周年」が野田首相の屈辱の場になることは全くなかったわけですが、ただ、そうなると日米の「一対一の本当の和解の儀式」というのは、どうなるのでしょうか? 私はジャーナリストの大先輩である松尾文夫氏(元共同通信常務)が主張されている「日米相互献花」つまり、日本側が真珠湾で献花し、外交の相互性に基づいて合衆国大統領が広島・長崎に献花をするという形で「和解の儀式」がされるのがよいのではと思っていました。

 ですが、真珠湾献花ということが、事件が時代の彼方へ流れていくことで重みを失う中、ヒロシマ・ナガサキでの献花とのバランスと言いますか、相互性という意味合いを出すのが難しくなっているように思います。というのは、真珠湾と比べるとヒロシマ・ナガサキの「意味」は全く風化していないからです。

 それは真珠湾より「3年半新しいので記憶が残っている」というようなものではありません。戦闘行為の中での主として戦闘員同士の戦いであった真珠湾のエピソードと、10万以上の非戦闘員の人命が奪われ、多くの人間を後遺症で苦しめた対都市核攻撃とは歴史的なインパクトの重みが違うからです。

 では、どうしたらいいのでしょう? 一つの考え方は、あくまで相互性ということに重きを置く、つまり日本のできれば天皇と首相がアリゾナ献花を行い、合衆国大統領が広島と長崎の双方で献花を行う、その二つの儀式が対になることで、歴史の清算を行うということの意味は今でもあると思います。

 もう一つの考え方は、核軍縮、核廃絶という人類的な大きなストーリーの中で、合衆国大統領の広島・長崎献花というケジメを位置づけるという方法です。ですが、この場合は、どうしても合衆国イコール唯一の核攻撃国という「汚名」が一方的にイメージされること、イランや北朝鮮など核拡散の問題を「放置」しつつ核廃絶のメッセージを出すことはアメリカの保守が強硬に反対するであろうこと、中国に向けた核廃絶のメッセージ性は果たして届くのかという問題、など難問が山積することになるでしょう。

 真珠湾が歴史の彼方へと、自然に清算が進む中、広島・長崎を歴史的にどう位置づけるのか、どんな意味性を与えてケジメとするのか、オバマの広島・長崎献花という問題は依然として難問として残るように思います。それ以前の問題として、何にしても、オバマが圧倒的な票で再選されることが前提となるのは言うまでもありません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

独失業者数、11月は前月比1000人増 予想下回る

ビジネス

ユーロ圏の消費者インフレ期待、総じて安定 ECB調

ビジネス

アングル:日銀利上げ、織り込み進めば株価影響は限定

ワールド

プーチン氏、来月4─5日にインド訪問へ モディ首相
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 7
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 8
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story