コラム

オリンパス事件、それでも残る疑問とは?

2011年11月09日(水)11時10分

 実際の価値とかけ離れた巨額の企業買収費用や、常識はずれのアドバイザー料支払いなどで、少なくとも1200億円というカネが「消えた」オリンパスの事件は、昨日の社長記者会見で「先送りされた損失の穴埋め」という事件の真相が明らかになりました。10月28日にこの欄でお話した仮説は残念ながら的中してしまった形です。

 とにかく、こんな巨大な金額は一部経営陣の私利私欲で動くレベルは超えていますし、反社会的な行為として脅されたとか騙されたにしても、そこまでスケールの大きな「ワル」が日本に存在するはずもなく、こうした経緯でしか説明がつかないと思っていましたが、やはりそうでした。

 1つ思うのは、行為の反社会性、違法性はともかく、このストーリーで「妙に納得」してしまったということに、私自身がまだまだ「日本の悪しきビジネス風土」の感覚を引きずっている、肯定しないまでも発想法として染み付いているということを自覚させられたことです。

 逆に欧米のメディアは、今回の高山社長の「告白」には大変に驚き、極めて大きな扱いになっています。企業ぐるみで20年以上も巨額な損失を隠し続けたということ、また隠蔽が可能であったということは、オリンパスという企業だけでなく、日本の証券市場や監査業界、監督官庁の全てが信用を失ったということを意味します。この問題はオールジャパンのビジネス界として、非常に深刻に受け止めるべきだと思うのです。

 何と言っても、20年以上に渡って有価証券報告書が偽造され、株主が欺かれ、金融機関や取引先が騙され、違法な配当がされたというのことの「累積」は巨大です。重大な犯罪であり、詳細の解明と関係者の処罰は必須だと言えるでしょう。

 一部には事件の責任を担当役員数名に押し付けるのではないかとか、どうせ過去の経済スキャンダル同様に「失踪者」が出て詳細はウヤムヤになるのではというような観測もありますが、そんなことは絶対にあってはなりません。国の恥です。国家財政が破綻しつつあるギリシャやイタリアが国際社会から非難されるのと同様に、そのような不透明な暗部を残しては日本のビジネス風土もまた世界から無視され、結果的に抹殺されることになるからです。

 20年前のそもそもの損失の経緯については、恐らく民法などに関する時効もあって十分な解明はできないかもしれません。この点に関しては、そもそも時効というものが不適当ではないかという議論はこの機会に必要と思いますが、それはともかく時効を迎えていない期間の事象に関しては、関係者および資料の徹底的な調査が必要です。

 例えばの話、こうした操作は一部の幹部だけが知っていたというのはおかしいと思います。会計処理には実務が伴うからです。大学を出て就職して数年の経理担当者員が「この伝票、どうしてこんな金額が動いているのですか?」と上司に尋ねて、上司が「ああ、あの件ね。それはキミは知らなくていいんだ」と言ったとします。そして、そのまま若手の社員は「知らなくていいんだな」と思ったとします。そうした会話そのものも違法行為の幇助になるか、あるいは重要な参考証言になるはずです。

 そうした個別の事実を終身雇用制のネバネバした人間関係の中で隠蔽してきたことが、今回の大事件になったとしたら、そうしたカルチャーも含めて徹底的にウミを出すべきでしょう。正義が格好いいからではないのです。そうした自浄作用を続けていかなくては、最終的にグローバルな社会で負けるからです。負けてフィールドの外へ叩き出されるからです。

 1つ疑問が残ります。

 今回の事件は、どうして英国人のマイケル・ウッドワード元社長が「社長としての内部告発」という形を取って明るみに出たのかという疑問、いやそれ以前の問題として、こんな巨大な損失隠しと損失ロンダリングをしていたのに「どうしてウッドワード氏を社長にしたのか?」という疑問です。

 1つ考えられるのは、価値のない企業を買収し、その減損処理なども終わった一方で、多少の「悪い噂」が出入りする中で、英国人の社長をトップに据えて「国際的な投資家からのイメージアップ」を図ったというストーリーです。

 ですが、こんな深刻な問題について「共犯関係」にない人物を社長にすることで、今回のように「内部告発から全面的な暴露へ」という大破綻に向かうリスクは計算できたはずで、それでもウッドワード氏を社長にしたというのは奇妙です。

 そこで想定されるのは、幹部全員が問題を周知していたが、日本人役員の誰かが「正義の告発」をするというのはネバネバした日本的な人間関係の上で不可能であり、また余りにも唐突ということで躊躇したという可能性です。そこで、内部の人間だが「ガイジン」であるウッドワード氏には真相を伏せたままで社長に就任させ、以降の経過は「成り行き任せ」であったというストーリーです。

 ウッドワード氏が何らかの行動に出ることは多少予測していたのかもしれませんが、告発が余りに早すぎたのと、米英の当局への告発を含むなど予想以上にストレートな対応だったため、菊川前会長のセリフで言えば「文化の違いがあった」ということで解任した、以降は完全にシナリオの無いまま防戦一方、最終的には全面告白に至ったという解説です。

 更に想像を巡らせば、この先にオリンパスの上場廃止や事業の切り売りという話になっていった場合に、ウッドワード氏に「白馬の騎士」として何らかの事業継承、ブランドや雇用の維持のための「コマ」として動いてもらう、そんな意図があったのかもしれません。旧経営陣としては自分たちの破滅の先まで読んでの行動という可能性です。

 こうした憶測がどの程度本当かは分かりません。ですが、いずれにしても日本人の経営陣は自分で国際社会や株主、監督官庁に向けて過去の罪状を告白できなかったのです。外国人を社長にし、まるで外国が正義で日本側が悪者のような(海外の報道にはそうしたニュアンスが濃厚です)イメージを振りまきながら破綻してゆくことで、オールジャパンの信用を毀損した、そのことに深い憤りを感じます。その結果として、日本にとって「虎の子」である光学技術、映像処理技術が国外流出するようなことは絶対にあってはなりません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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