コラム

単純なスキャンダルだけではないオリンパス問題

2011年10月19日(水)11時32分

 カメラ・医療機器の中堅メーカーであるオリンパスは、マイケル・ウッドフォード前社長の解任を巡って揺れているようです。クビになったウッドフォード前社長によれば「過去のM&Aなどで不明朗な支出があり、菊川剛会長らの辞任を求めたところ、解任された」と述べた(朝日新聞電子版)ようで、これに対し、オリンパス側は解任理由は「経営手法をめぐる違い」としているというのです。

 様々な報道を総合しますと、同社を巡っては過去の企業買収において、様々な「疑惑」があるようです。具体的には、2008年に英国の医療機器メーカーのジャイラスを買収した際に、買収総額約2100億円(当時のレートによる)の36%を投資アドバイザーに払っていたとか、その他の日本企業3社の買収においても、買う価値があったのか疑問
な案件だったというような点です。

 報道によれば、ウッドワード氏は、こうした問題を社長の立場から「告発」しようとして解任されたという見方があり、仮にそうであれば深刻な権力闘争があったことが予想されます。確かに買収総額の36%がアドバイザーに払われたというのは、異常な数字です。

 例えばですが、当時の経営陣が「悪質な投資顧問会社に騙された」か「企業の利益とは相反する形での癒着があった」もしくは「何らかの脅しに屈して国際的な取引で相当の金額を提供せざるを得なくなった」というような「事件性」の可能性を排除することはできないと思います。

 少なくとも、ウッドワード氏は、英国の当局に同社英法人の行動に関しての告発を行っているというのですから、全く穏やかではありません。

 ですが、こうした事件性に関してはあくまで憶測の域を出ることはできないように思います。一方で、このオリンパスの事件は、多くの日本企業にとって決して「人ごと」ではないように思うのです。

 というのは、菊川会長派の主張する「文化の違い」というのは、実は本当に存在するからです。それは国際財務報告基準(IFRS)の問題です。現在、日本の上場企業には、財務関係の報告書をこのIFRSによって発表することが近い将来に義務づけられることになっています。ですが、現時点では日本の企業経営は必ずしもこの国際基準に則してはいません。

 今回問題になっている企業買収後の「価値」については、この日本基準と国際基準が「その精神において」大きく異なっているのです。まず、企業を買った場合に、買われた企業は自社の一部になるのでその資産内容を詳しく評価することになるわけです。ところで、企業を買う場合は相当のプレミアムを乗せて買収することが多いので、買った値段(+アドバイザーのコスト)は、保有資産の額よりは高くなります。

 その差額は「のれん代」つまり企業のブランド価値ということになるわけです。日本式の算定では、この「のれん代」というのは帳簿上の価値に対して具体的な資産はないので、順次償却してゆく、つまり「損」を積み上げて行って最終的にはゼロにしてゆくことになります。一方で、国際基準では償却は必要ありませんが、その代わりに買った企業ないしそのブランドの価値が明らかに減った場合は、時価でその評価をして減った分は損にしなくてはなりません。

 大ざっぱに言えば、ある企業を買った場合に、その買われた会社は「煮て食っても焼いて食っても」いいというのが日本式、逆に「食べずにおいておくが、価値が減ったら正確に評価する」のが国際基準ということになります。

 今回のオリンパスの問題には、この日本的な「買ったんだから食べてしまっていい」という感覚が非常に濃厚にあるように思います。IFRSによる「常に市場価格の公正な評価を受ける」というカルチャーとはそこに大きな違いがあるわけです。

 ちなみに、制度としては日本の場合、二転三転した挙げ句に現在のところは「償却はしない」ということになっています。ですが、その時その時の換金価値としての評価を受けることの意味を前向きに理解している経営者は少ないと思います。また、菊川会長派の立場としては、制度が二転三転して振り回された、つまり自分たちは被害者という理解をしている可能性もあります。

 仮に事件性があるにしても、ないにしても、今回のオリンパスの問題を考える際には、背後にはこのIFRSの問題があるということを意識した方が良いと考えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=円が軟化、介入警戒続く

ビジネス

米国株式市場=横ばい、AI・貴金属関連が高い

ワールド

米航空会社、北東部の暴風雪警報で1000便超欠航

ワールド

ゼレンスキー氏は「私が承認するまで何もできない」=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story