コラム

ハリケーン「アイリーン」、警戒態勢の理由とは?

2011年08月29日(月)10時26分

 今回のハリケーン「アイリーン」ですが、何と言っても接近時刻と大潮の満潮が重なること、それに内陸部で予想される激しい降雨の結果、河口地帯を中心に相当の高潮+洪水の被害が予想されています。最悪の時間帯は、私が住んでいるニュージャージーへの最接近から数時間後の日曜(28日)の午前中になると思いますが、27日時点では恐れられていたニューヨークの市街地における被害がどうなるかは分かりません。

 ですが、27日夕刻までの警戒態勢は、ここ東海岸に関しては歴史的と言っていいでしょう。特に、ニューヨーク市に関しては、ブルームバーク市長がここ数日、一日に何回も会見をして「浸水の可能性のある地区」については、強制避難という措置を取っていることを説明しており、緊迫感が漂っています。

 この強制避難(マンダトリー・エバキュエーション)ですが、一部には「過剰反応だ」という批判もあるのですが、その評価についてはハリケーンが去って、実際の被害状況が判明するまでは分からないわけです。ですが、今回について、どうしてここまでの体制を敷くことになったのでしょうか?

(1)前にもこの欄でお伝えしたように、とにかく2005年にニューオーリンズを襲った「カトリーナ」の悪夢があります。特に、知事や市長に関しては、危機管理に失敗すれば政治生命としては「即死」という認識があると思います。オバマ大統領も、リビア情勢や株安にも関わらず夏期休暇を取り続けていたのですが、さすがにこのハリケーン接近という事態を見ると、休暇を切り上げてワシントンに戻っています。

(2)同時に、首長にとってはこうした危機管理というのは「腕の見せどころ」という感覚もあるようです。首長だけでなく、地方政府のスタッフや州兵組織なども「非常事態に対してヤル気満々」というカルチャーがあるわけで、それぞれの記者会見などは気合が入るわけで、強制避難という命令そのものにとりあえず説得力が出て来るという風土もあります。

(3)世論の側でも、アメリカでは、元来が強制避難という措置に対する抵抗感があまりありません。任意では補償が出ないが、強制だと自動的に補償が出るというシステムがないので、行政側としても必要なら発動できるということが大きいのと、政府や国家に対して性悪説的な印象を持つ人が少ないからだという説明が可能だと思います。

(4)強制と言っても、ある種の柔軟性があります。強制避難対象の地域でも、一部の自営業者などが業務の関係で留まったりするケースがあり、そうした場合は州兵や警察が「お目こぼし」をすることもあるようです。勿論、危険度の最高に高い地域の場合はまた別の対応になるわけですが、90%から95%の避難で「感謝している」と知事が宣言(ニュージャージー)しているというあたりに、ある種の柔軟性を見ることができます。

(5)どうして強制避難なのか、という問いに対して、財政が厳しいからという言い方がされています。例えば、ニュージャージーのクリスティ知事の場合は、「恐らくインフラは相当やられるでしょう。でも、皆さんがキチンと避難をして、人的被害が最小限に食い止められれば我々はずいぶん仕事がやり易くなるんです。」という言い方、ニューヨークのブルームバーク市長は「大勢の孤立者や犠牲者を出した場合に、現在の市の財政では十分な対応ができないかもしれません。財政のことも考えて強制避難を決断した、そのことを重みを理解して下さい」という言い方をしていました。こうした言い方には、一定の説得力があるのです。

 いずれにしても、かなり風雨が強くなってきました。この辺(27日夜)で、一旦送稿させていただきます。被害の拡大しないことを祈るばかりです。

(付記)以上はこちらの27日の晩の時点でのコメントです。結局、ハリケーンが通過してみると、ニューヨークでの被害は最悪の事態は避けられ、高潮での冠水は部分的でした。地下鉄の浸水も発生しましたが、数カ所ある海底トンネルは無事で復旧は時間の問題だということです。金融市場も早期復旧へ向けて感触ありという報道もされています。

 ブルームバーグ市長は日曜のお昼には、かなりリラックスした感じで会見していましたが、ちなみに、今回の避難体制のことを過剰だという結果論からの批判はあまり出ていません。危機管理ということでは、それで良いのだと思います。

 ただ、ニュージャージーではかなり影響が出ました。ハリケーン接近中の昨晩は、何度もトルネード警報が出て肝を冷やしましたし、低地の浸水被害は過去最大級のようで、私の近所の駅では構内の地下道が水没し、周辺の道路は池と化しています。

 ライフラインの影響も出ています。私の地区は、暴風雨の時間帯は大丈夫だったのですが、日曜の昼になって吹き返しの風が強まった時点で6時間も停電しました。現在は復旧しましたが、電話・ケーブルテレビ・ケーブルネットはダウンしたままです。携帯電話の3G回線だけは生きていますが混雑しており、あとはラジオで情報収集をしている状態です。尚、ニュージャージーでは現在100万世帯以上が停電しているそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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