コラム

債務上限論争に勝者はあるのか?

2011年08月03日(水)11時24分

 いかにもアメリカ政界らしい動きでした。8月2日という期限ギリギリになって、上下両院共に「最終合意」を可決、史上初の米国債の「デフォルト」は発生せずに済みました。では、これで危機が回避されたのかというと、どうもそうでもないようなのです。合意に安堵するワシントンを「せせら笑う」かのように景気の先行き不透明感が広がり、NY市場での株は下がり続けました。金は相変わらず上昇しドル安は続いています。

 混沌としているのは政界も同じです。一連の政争は様々なドラマを生みました。しかし、そこには勝者はないように思います。当面は1兆ドル(77兆円)の財政赤字削減、これに加えて、超党派委員会で11月までに2兆ドルの更なる赤字削減を行う、委員会の合意形成に失敗した場合は、共和党の嫌う軍事費削減と民主党の嫌う高齢者医療保険削減の双方を自動的に実施、という合意は、正に折衷案としか言いようがないものです。

 では、この間の政治的な得失点を簡単に整理してみましょう。

 まず、オバマ大統領ですが「指導力」が低下したという批判があります。「短期的な対策は取らない」とか「国益第一」などとタンカを切るだけ切ったものの、落とし所は何とも中途半端なところになりましたし、要所要所での記者会見も精彩を欠いたものでした。支持率も10%近く下がったという調査もあります。

 ですが、仮にオバマがもっと左にシフトしていたり、右にシフトしていたりしたら、力強い合意が出来たのでしょうか? 下院を共和党に取られ、しかもそれが「直近の民意」として無視できない中、他に打つべき手があったとも思えません。とりあえず、財政赤字削減が必要だというメッセージと、中道やや左から発言して行って落とし所をその少し右に持っていったという方法論にブレはなかったわけで、「他にはやりようがなかった」のではないでしょうか。

 仮にそうであっても、大統領という地位は「政治の全責任」が回ってくるのは仕方がありません。1つ、途中で「富裕者向け増税」を持ち出したのが共和党の怒りを買い、問題をここまでこじらせた原因という見方がありますが、これも「そのぐらいは言っておかないと民主党の左がまとまらない」という政治力学の中では仕方がなかったように思います。

 その民主党の左ですが、結果的に最終合意案の採決に当たっては、多数の反対票という造反を出していますが、これも「選挙区事情を考えると福祉削減にはどうしても賛成票は投じられない」という個別の事情が多く、彼等の中から「オバマ降ろし」が起きるというような政治的パワーの結集はなさそうです。

 一方の共和党ですが、党勢を誇示したように見えて、内部に深刻な分裂を抱えていることを暴露してしまいました。特に「党内党」であるティーパーティーのグループは、固い団結を誇る中、「デフォルトも辞さず」とばかりに「ちゃぶ台」をひっくり返し続けて、ベイナー下院議長以下の党幹部に対して、独自の政治勢力としてのパワーを誇示した形です。

 そんな中、2012年、来年11月の大統領選へ向けて、その共和党の大統領候補選びは改めて混沌として来ました。大統領選に名乗りを上げている候補たちはほぼ全員が「今回の妥協案には反対」という声を上げています。とりあえず彼等は「反オバマ」という政治的なモメンタムを作って、それに乗らなくてはならないので「反対」というのは自然なのですが、問題はその中身です。

 というのは、2012年の大統領選では、この「財政再建問題」というのは非常に大きなテーマになりうるからなのですが、その点で言えば、「反対論への真剣度」ということだと、やはりティーパーティー直系のミシェル・バックマン下院議員の存在感は「プラス」の方向になっていくと思います。その一方で、本会議でも最終妥協案に反対票を投じた彼女は、共和党の穏健派にとっては「コントロール不能」というイメージもあり、バッシングも激しくなっていくでしょう。

 一方で、共和党穏健派の現時点でのチャンピオンである、ミット・ロムニー氏ですが、発言としては「今回の合意に反対」と言っています。ですが、財政赤字削減がここまで「身を切るような深刻な問題」になってくると、共和党のカルチャーとしては「マサチューセッツ知事時代に医療保険について州民の皆保険を推進した」という「汚点」が益々無視できないということになっているわけです。同氏は、現時点では支持率トップですが、この「汚点」を気にするあまり、今は選挙戦を「ロウ・キー」つまり低姿勢にシフトしての忍従の日々だと言われています。

 私は、共和党の正副大統領候補は「ロムニー=バックマン」になる可能性が高いと見ていましたが、この2人の政治的な亀裂が拡大する中、これからのドラマとして何が起きるかは全く分からなくなったというのが正直なところです。

 ちなみに、一時期は「ティーパーティーのマドンナ」と思われていた、サラ・ペイリン女史ですが、財政赤字削減論議などという「実務的なバトル」に向くキャラではないということもあって、ここへ来てかなり存在感が下がっています。実は、今回の採決に当たって、アリゾナでの銃撃事件で、頭部に貫通創を追ったギャビー・ギフォーズ下院議員(民主)が元気な姿で議場に登場して「賛成票」を投ずるというシーンがありましたが、彼女に対して与野党の同僚議員からのスタンディングオベーションは10分にわたったというのです。

 この10分続いた拍手というのは、政治テロへの危機感やギフォーズ女史への賞賛だけではないと思います。銃撃事件の際に、自分のホームページでの「政敵への標的」という図柄が事件の遠因だという「濡れ衣」を着せられた際に、タイミング良く説明をしなかったペイリンは、以降は政治的なモメンタムを失って行きました。それと共に、「アラスカの大地に根ざした宗教保守派」的なキャラも飽きられていったのです。ギフォーズ議員への与野党からの10分間の拍手というのは、ある意味では「ペイリン的なるものへの訣別」でもありました。

 一言で言えば、今回の「債務上限危機」の政争を通じて、政界のほとんどの主要なプレーヤーは深く傷ついたのだと思います。痛み分けというには、余りにも深い傷を大統領も、民主党左派も、共和党も負うことになりました。誰もカリスマのオーラを発してはいないわけで、政治の先行きは益々不透明になっています。同時に景気の方向性にも暗雲が漂う、そんな重苦しい雰囲気の中「デフォルト回避」などというエピソードは既に過去のものになってしまいました。

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夏期休暇のためブログの更新は今月12日までお休みします。
次回の更新は15日(月)になります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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