コラム

消費税論議を政局と絡めないための交通整理とは?

2011年01月19日(水)10時06分

 与謝野馨氏が「たちあがれ日本」を離党し、無所属の立場で菅内閣の経済財政大臣として入閣しました。今回の人事の本質は「消費税増税による財政好転」を行うという意図がそこにあり、かねてからこの主張を続けてきた与謝野氏を、菅総理が迎えたということにほかなりません。ですが、この人事に関しては、民主党内に敵を作ったとか、特に小選挙区の同じ海江田大臣が怒っているとか、与謝野氏の権力欲や節操の無さが不快だとか、色々なことが言われているようです。今回の「菅+与謝野」のコンビが、そうした力学の中で果たして人心を把握できるかは分かりません。ですが、消費税論議そのものは、今回のタイミングで、逃げてはいけないように思います。

 ところで消費税論議とは何でしょうか?恐らく次の8つぐらいの立場があるのだと思います。

(1)財政再建のための歳入増を図るために有効であり、速やかに実施すべきである。

(2)実施すべきだが、現在は「一時的な不況」なので即時実施は景気回復を待って行うべき。

(3)日本経済はやがて回復して税収が増えるので実施は不要。むしろ構造改革が大事。

(4)増税や構造改革ではなく、バラマキを続けて景気回復を行うべき。

(5)既に増税可能な時期は通過してしまった。今後の増税は消費減退と相殺されるので歳入増にはならない。

(6)官庁の公務員の既得権益が潰せない中の増税には一切反対。

(7)年金や資産運用で生活している自分には不利益なので一切反対。

(8)民意は増税には無条件反射するので、自分の議席を守るためには反対。

 この中で(4)の選択肢というのは、麻生内閣の政策だったわけで彼は(3)の上げ潮派や、(1)の財政再建派との政治闘争に勝利して首相になったのです。正確に言えば(4+8)です。面白いのは「自分の内閣では消費税増税はやらない」という「政権交代後の鳩山内閣」もこの8種の中では(4+8)に近いわけで、消費税問題に関してはこの麻生政権と余り変わらなかったということです。ちなみに(3)の立場は現在では非常に少なくなっているのではと思います。

 では菅直人という人、そしてその内閣に加わった与謝野馨氏の主張とは何なのでしょうか? これは非常に単純です。

「我々は(1)を主張する。何故なら(4)が不可能になったからである。(3)には反対。(5)ほど悲観はしていない。(2)ほど楽観的ではない。」

 そんなところでしょう。政権の立場がここまで明確なのに、どうして反対論が陰湿な政局論や人間ドラマになってしまうのでしょうか? それは日本の政界やジャーナリズムが「劣化」したからではないのです。反対論にも(2)から(8)まで色々あって、それぞれに立場が異なるので「議論を整理できない」からです。例えば、(6)や(7)は感情論や利害関係に縛られた議論ですから、冷静に他と意見交換はできそうもありません。

 ここで問題なのは、(8)です。この「選挙の洗礼を受ける」人間の動物的本能が、有権者の(6)の情念や(7)のホンネと結びついて与野党のドロドロした反対論を作っているわけです。勿論、正論としてはそうした政治家と有権者の結託がエスカレートすれば国が潰れてしまうわけですが、とにかく巨大なエネルギーがそこに集まってしまうのは避けられません。そこでどうしても整理された議論にならないというわけです。

 ちなみに「税と社会保障の一元化」や「TPP」論議が先行しているように見えるのは、(6+7+8)に正面から激突するのは得策ではないという官邸の戦略があるからだと思いますが、早晩消費税の論議に入っていくのは避けられません。とにかく(1)と(2)、そして(5)の立場を代表する政治家なり論客が、問題点を整理して正々堂々と政策論争をする場を設けるべきだと思います。このまま曖昧な形で、消費税増税が決定されるのも、否定されるのも、先送りされるのも、いずれにしても将来への不透明感を強めるだけです。それは日本という社会の、国内的な自信も、対外的な信用も大きく損なうことになるからです。とにかく決定が可能であり、決定が必要なのだと思います。

 年金と税の一元化やTPP論議も同じで、感情論や既得権者をまず置いておいて、「長期的に成り立つ話なのか?」を議論することで合意形成への道を求めるべきだと思うのです。その意味で、私は今回の与謝野入閣を政局の解説だけで終わらせるのには反対です。少なくとも、(5)の、「もはや手遅れ」論に破滅願望が混ざるような言論よりははるかに健全だからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英中銀ピル氏、QEの国債保有「非常に低い水準」まで

ワールド

クラウドフレアで障害、数千人に影響 チャットGPT

ワールド

イスラエル首相、ガザからのハマス排除を呼びかけ 国

ビジネス

ユーロ圏銀行、資金調達の市場依存が危機時にリスク=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story