コラム

2010年はアメリカ「衰退」の初年度だったのか?

2010年12月22日(水)12時20分

 12月21日にアメリカの人口統計局は最新のセンサス(人口統計)を発表しました。前回の2000年と比較すると、人口で2700万、率にすると9・7%の増加、この間の合計特殊出生率は2・1と人口置換水準(長期的に人口を維持するための最低ライン)をキープしています。既に人口減のトレンドに入っている日本から見れば、何ともうらやましい話には違いありません。ですが、それでも「10年で一桁のパーセントというのは、大恐慌以来の低い人口伸び率」だということで、市場では悲観要素だという受け止め方がされています。

 10年で10%越えが「当然」という感覚にはクラクラしますが、それはともかく、移民にしても出生数にしても「リーマンショック」以来の不況の影響だとすれば、人口伸び率が再度上昇してゆくことは十分にあるわけで、この数字だけで悲観論というのは過剰反応にも思えます。ただ、長期的なこの国の行く末に関して、悲観的な見方が出たということ自体は、決して的外れではありません。人口増加率の問題はさておき、今年2010年という年は、様々な意味でアメリカが「衰退」する兆候が出てきた年と位置づけられるように考えられるからです。

 1つは、景気の戻り方です。ここへ来て雇用統計は改善のトレンドがしっかりしてきましたし、政府から金融機関へ注入された公的資金はどんどん返済されてきています。懸念されていた不動産価格の「二番底」も何とか大崩れはしないで反転しそうですし、そんな中、年末商戦は序盤戦が前年比6%アップとか、中盤までの累計では12%アップという数字が飛び交うなど、かなり威勢の良いムードになってきました。

 ですが、私が気に入らないのは「自然反転が全て」ということなのです。何か特定の産業で地球規模のイノベーションを起こして、その爆発的な拡大力が全業種に波及したという動きはありません。例えばレーガン時代の「レーガノミックス」にあった宇宙航空であるとか、クリントンの「金ピカの90年代」を現出させたITと金融グローバリズム、ブッシュ(息子)による不動産バブルと製薬+軍需産業のミックスというように、過去の景気拡大にはそれぞれのストーリーがありました。ところが、今回はそうした特定の要素は少なく、あくまで過去2年間の不況に対しての「戻り」という動きしかないのです。これでは、世界の経済社会を牽引することはできません。

 もう1つは、軍事的覇権の問題です。丁度本稿の時点で、休暇前の米議会はロシアとの「新核軍縮条約」の批准に動いています。戦略核を相互に大幅削減するという内容は、共和党の一部から「アメリカの抑止力低下」を懸念する声が出ていますが、国防総省や国務省の現場としては「どうしても批准したい」ようです。というのは、現状のような弾頭数を維持するコストは、今後の軍事費予算を考えると耐えられないからなのです。

 この軍事費という問題に関しては、そもそもの国防総省の「トランスフォーメーション」(世界における米軍の配置を全面的に見直す)にしても、この11月に出てきた「財政規律委員会答申」にあるような「軍事費を聖域としない」大規模な歳出削減案にしても、世界に展開している米軍のプレゼンスを小さくする方向というのは、ハッキリとアメリカの長期戦略に組み込まれているのです。もはやアメリカは、世界の警察官という地位から徐々に下りていくしかないし、アフガンやイラクのような「高価」で「長期間」の戦争を遂行することも難しくなっていくことでしょう。

 経済でも軍事でも、20世紀後半に米国が行使したような「リーダーシップ」を継続することができないならば、アメリカは今後どうしてゆくべきなのでしょうか? この問題については、例えばヒラリー・クリントン国務長官などは、NGOなどの民間ベースで、アメリカが掲げてきた「理想主義の影響力」を維持することは可能であるし、アメリカの外交戦略の重要な柱になると述べています。例えば、世界の子どもたちに安全な水を届けるとか、識字率を上げるというような努力を、見返りを期待することなく継続できるのはアメリカであり、そうした活動が国際社会におけるアメリカの存在感維持につながるのだというのです。

 ですが、そのような理念的な部分でも、アメリカのリーダーシップには翳りが出てきています。例えば、今回のノーベル平和賞に関しては、中国の人権活動家劉暁波氏の受賞、そして中国当局による受賞発表前後の妨害などが話題になりました。ですが、その同じノーベル平和賞を1年前には他でもないオバマ大統領が受賞したということなどは、世界中の人々が忘れてしまっています。まして、その受賞につながった2009年の一連の外交、プラハでの「核廃絶宣言」やカイロでの「イスラムとの和解のメッセージ」などは、記憶の彼方に流れ去っているのです。

 それは国際社会が何事も忘れやすくなったからではありません。また、劉氏の受賞劇が余りに鮮烈だったのでオバマ受賞の記憶が薄れたのでもないように思います。ブッシュ時代の「一国主義のアメリカ」が外の世界での信用を失ったために、世界がアメリカ発のメッセージに耳を傾けなくなったのでしょうか? そうかもしれませんが、その影響は軽微だと思います。ウィキリークスへの情報漏洩がアメリカの信用を失墜させたからでしょうか? そうかもしれませんが、これも本質的な問題ではありません。

 他でもないアメリカのオバマ政権が、景気や雇用のためには従来からの主張を「かなぐり捨てて」かかっています。そのことは「与野党合意」で政策の実施に向かうという意味では建設的なのですが、対外メッセージ発信という意味では明らかに弱体化しています。プラハやカイロの宣言は、その後も繰り返して発信されるべきであり、また可能なものからは実現してゆかねばなりません。メッセージ発信という意味では、オバマ政権というのは2009年の勢いが失速した状態にあるのは間違いないと思います。

 では、アメリカが弱体化した分、そして依然として危機の中にあるEUに代わって、中国やインドが台頭するのでしょうか? 必ずしもそうではないと思います。両国共にまだまだ国づくりでは十分な力を養ってはいません。世界をリードするような余裕もなければ、先立つものもないのです。G8の位置づけが政治的儀式めいたものになり、代わりにG20の位置づけが重くなってきていますが、米国の退潮を受けた国際政治の力学は、あくまで多極化という方向へと向かっています。多極化する世界で、多元連立方程式のような複雑な問題が起きる、それが現在の国際政治であって、2011年以降の世界はそれに対処してゆかねばならないでしょう。

(編集部から:当ブログの更新は年末年始の期間お休みします。新年は1月5日から更新を始めます)

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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