コラム

追悼、エリザベス・エドワーズ女史

2010年12月08日(水)13時49分

 運命というのは何と不公平なものなのか・・・エリザベス・エドワーズさんという女性が61歳でこの世を去らねばならなかったというニュースには、ただただ嘆息するしかありません。12月7日の訃報は、とにかく早すぎました。その前日の6日には、本人からフェースブックに「医師団からこれ以上のガン治療は無意味と告げられた」という書き込みがあり、家族からの発表と共にトップニュースで伝えられていて、それだけでもショックが走っていたのです。ですが、まさかそのすぐ翌日に訃報とは言葉もありません。

 夫のジョン・エドワーズと言えば、民主党の「庶民派」として2004年の大統領選で善戦し、ジョン・ケリー候補に予備選では敗れたものの、副大統領候補としてケリーと共に「ブッシュ=チェイニーの二期目」に挑戦し、また2008年にはオバマやヒラリーとの予備選も戦うなど有力な政治家でした。その政治判断の後ろには、常にエリザベスさんの姿があったのは有名です。そもそも、上院選に打って出たのも、大統領選に出馬をしたのも夫人の後押しあってのことと伝えられています。

 ですが、その選挙運動中にジョンは女性ジャーナリストと不倫に及び、その女性との間に子供まで生まれるという事態になりました。エリザベスさんの乳ガンの闘病がスタートしたのが2004年、そして妻の闘病中の不倫ということで、ジョン・エドワーズは政治生命を絶たれ、ゴシップ誌に格好の話題を提供したのでした。ギリギリまで夫の側に立っていたエリザベスさんですが、最終的には離婚を前提に別居という中での死去となりました。

 それにしても何という人生でしょう。2人は法科大学院で知り合い、エリザベスさんの方が司法試験(バー・エグザム)を受けた日の、その日の午後に結婚式を挙げているのだそうです。弁護士という同業者としてキャリアを目指すカップルは、しかし、1996年の悲劇により大きな危機に直面しました。最愛の長男(当時16歳)を交通事故で失ったのです。2人の落胆は常軌を逸していたそうです。その墓には天使の壁画を描かせ、通っていた学校にや幼い時に野球をしていた運動場にも寄付をして緑で周囲を埋め尽くさせ、それでも悲しみは癒えなかったというのです。

 事故は2人のキャリアを大きく変えることになりました。事故を契機としてジョンは弁護士としての情熱を失い「自分のコアにあるもの」だけが残った、だからもっと大きな枠組みで世界を救いたくなったのだというのですが、そうした判断がやがて政界を目指すようになっていったのには、夫人の強い支持があったようです。エリザベスさんもまた弁護士を辞めて、それまでの夫婦別姓から「エドワーズ」を名乗って、夫の政界進出を支えたのです。

 それだけではありません。エドワーズ夫妻には、亡くなった長男のすぐ下にお嬢さんがいるのですが、悲劇の後に2人は50歳を前にした高齢で、年の離れたお子さんを2人(現在10歳と8歳)もうけているのです。そう考えると、長男の死という夫婦の危機を、夫の政界進出と夫婦での高齢出産挑戦という公私に渡る二人三脚で乗り切ったわけです。にも関わらず、再度の悲劇、つまりエリザベス夫人のガン罹患という悲劇には、ジョンという男性は耐えられなかったのでしょう。別の女性に、そして別の親子関係へと逃避をしていった、勿論そこには政治家としての限界という意識や、妻の死の恐怖を支えられなかったなど色々な要因があるのでしょうが、とにかくジョンという人はあらゆる意味で敗北して行ったのだと思います。

 そう考えると、このエリザベスさんという人は、「長男の死」と、そして6年という長く苦しい闘病を通じて「自分の死」とも向かい合い、見事に闘い抜いたと言えるでしょう。男性の私にも、その闘いぶりは強い感動を呼び起こします。やや宗教がかった言い方になりますが、この人の死はどうしても敗北とは思えないのです。ある厳しい戦いを見事に走り抜いた、そうとしか言いようがありません。

 このエリザベスさんという人は軍人の家庭に育ったために、少女時代の9年間を日本で過ごしています。その少女時代は「アメリカでは自分の同い年の女の子たちの間では何が流行しているのだろう」と不安になりながら、英米文学を読みふけったと後に述べていますから、「日本びいき」という感覚とは少し違うのでしょうが、日本との接点は濃い人だったと言えるでしょう。9年というのはやはり長い時間だからです。米軍の家族住宅の建設にまで激しい反対運動の起こる「同盟国」に対して、彼女は彼女なりに「米軍住宅の中の住人」として和解のアイディアを持っていたかもしれません。そうした肉声を聞くチャンスは永遠に失われてしまいました。

<告知>
 ブログ筆者の冷泉氏が12月10日午後9時半の日経CNBCのニュース番組「NEWS ZONE」、13日(月)のテレビ東京午後3時35分の「NEWS FINE」に出演します。どうぞご覧ください。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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