コラム

改めて「民主党のアメリカ」と付き合う覚悟はあるか?

2010年03月24日(水)12時00分

 21日の日曜日、夜遅く医療保険改革法案が可決されたのを受けて、深夜にオバマ大統領は会見して勝利宣言を行いました。口調は非常に抑えたもので、今回の可決を機により先鋭的になった共和党との対立に配慮したようでしたが、表情は穏やかでそこには明らかに高揚感が見えました。その法案は、23日の火曜日には大統領が署名して成立しています。

 この医療保険改革可決という事件は、アメリカの政界にとっては非常に大きなターニングポイントになると思います。今年の中間選挙はまだ接戦の可能性が残っていますが、このまま景気が回復していけば2012年の大統領選ではオバマ大統領が再選される可能性が出てきたと言って良いでしょう。それだけではありません。これから本来のオバマ流の政治、そして「民主党のアメリカ」というものが本格的に姿を現してゆくと思うのです。

 それは一言で言えば、まず「言葉ありき」の政治です。情念や利害の調整は先行させずに、まず言葉による抽象化がされ、そこに判断の一貫したパターン(理念)が出来上がり、そのパターンを中心に個別の意思決定が調整されて行く、更に辻褄の合わないところは猛烈な調整を進めたり、強引なロジックをつかってまとめてくる。これが「民主党のアメリカ」です。この現代版に対して、日本は相対して行かねばなりません。

 日本にはどこまでその覚悟があるのでしょうか? 日本にとって日米関係とは、長い自民党政権という「まるで途上国独裁政治のような供給側の利益配分システム」が担当してきました。彼等にとっては、とにかく「民主党のアメリカ」は苦手でした。政策のパターン(理念)にはそれほど興味がなく、それ以上に言葉の力を信じない自民党政権にとっては「共和党のアメリカ」の方が話がしやすかったのです。

 というのは、異文化に対して(どうせヨソ者だからですが)価値観の押しつけをしないし、利害が一致して敵味方の単純な区分けにおいて「お前は味方だ」ということになれば保護主義的な要求もそれほどしてこないし、この「共和党のアメリカ」の方がやりやすかったのです。自民党政権の人々がどれほど「民主党のアメリカ」が苦手であったかは、1990年代のビル・クリントン政権の際に「ジャパン・パッシング」がされたとブーブー言い続け、オバマ政権が誕生すると「もう米中G2の時代で日本はダメだ」と同じような嘆息がされたことがいい例でしょう。

 もう少しさかのぼれば、苦手な「民主党のアメリカ」に対抗するには「寝技的な研究と人脈が大事」という思いから「YKK」なる3人組がワシントン密使のように活躍していた時代がありました。この3人の中では小泉純一郎元首相は清和会で共和党系に見えますし、実際に彼の政権担当の時代はG・W・ブッシュ政権の時代ですからそのように見えます。ですが、彼も郵政民営化をドン・ホーテのように叫び続けていた総裁選の「万年泡沫候補」の時期にはYKKとして「民主党のアメリカ」と向きあってきた時期があると見るべきでしょう。とにかく、開かれた関係として自民党政権と「民主党のアメリカ」は出来てはいなかったのです。

 もっとひどいのは現政権系の人々です。「民主党のアメリカ」の中には、女性の権利、労働者の権利、人種差別の克服努力、言論や信教の自由、活力あるジャーナリズム、資本主義の修正をし続ける規制と実効性の追求、そして今回のオバマが勝利した「財政負担を覚悟しても生存権の保障に踏み込む姿勢」など、世界的に見ても中道左派イデオロギーに基づく政策集団として見るべきものがあるように思います。ですが、現社民党にしても、旧社会党右派にしても、あるいは旧木曜クラブ左派にしても、どういうわけか「民主党のアメリカ」は苦手なのです。

 理由はかなり複雑で、1つには「民主党のアメリカ」が「あんなにリベラルなのに愛国主義的なのは意味不明」であるとか「国内では平等とか福祉とか言っていても軍事覇権は追求しているのだから偽善」だというような意識のレベルでもう「受け付けない」感性があるようです。更にその奥には「とにかく英語でまず理念をダダーっとやられると、もう見下されているようでダメ」という卑屈な意識、そしてその深層には「日本を戦争に追い込んだのも、原爆を落としたのも、敗戦国の汚名を着せておいて、そのくせ冷戦に利用するために左派への弾圧を加え続けた」憎い相手は「民主党のアメリカ」という無意識の問題があるようにも思います。

 ですが、今度という今度はそうした子供のような感性を乗り越えて「民主党のアメリカ」に向かいあう時期がきたのです。直近の課題を考えると、沖縄、グーグル、クジラ、クロマグロ、景気、通貨・・・どれも「まず英語で理念からダダーっと」やられると、どうしても苦手意識が出てしまって、屈折したり反発したりということになるのかもしれませんが、ここは腹をくくってオバマという一種の怪物に対抗してゆかねばならないと思うのです。核軍縮の問題も、今のところオバマの深謀遠慮と、日本の世論は完全に同床異夢状態ですが、これも修正が必要です。長い目で日米関係を考えるならば、今はそうした大事な作業を行う時期なのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

再送-米、ロ産石油輸入巡り対中関税課さず 欧州の行

ワールド

米中、TikTok巡り枠組み合意 首脳が19日の電

ワールド

イスラエルのガザ市攻撃「居住できなくする目的」、国

ワールド

米英、100億ドル超の経済協定発表へ トランプ氏訪
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story