コラム

仕分けの方向は逆ではないのか?

2009年11月30日(月)11時49分

 日本から連日報道される「仕分け」のニュースを見ていますと、強烈な違和感を感じます。勿論、ムダな支出の削減は大事ですが、それには有能で強力なリーダーを組織の要所に配して腕を振るわせる方が簡単でしょう。官僚組織のことを「悪しき既得権者」と決めつけて「吊し上げる」という儀式は新政権にとって統治のテクニカルなステップの一種なのかもしれませんが、それで世論が納得すると思っていると、そのうちに足元を掬われるのではと思います。

 とにかく、やっていることも大甘です。削減目標が絶対であるのなら、それを省庁別なり、戦略投資と経常投資に分けるなりして世論に分かるように分割し、それぞれが削減目標に「数字合わせ」を強制する、そのぐらいしなくては目標は達成できないはずです。そうではなくて、ダラダラと仕分けをやって結果的に「3兆円」のはずが「1・7兆円」で終わったというのは甘すぎます。査定でもっと詰めるというのですが、あんな風にショーアップしておいて「積み上げたら足りない」というのは、まるで小学校の学級会です。民間が本気になってコストカットをやるときは、そんないい加減なものではないはずです。

 それはともかく、私の感じている違和感というのはもっと別の点にあります。それは、あれだけ象徴化して予算策定のプロセスをショー仕立てにするのであれば、そのマインドの方向性がまるで逆ではないかと思うからです。まず削減目標ありき、ではなく、国家として「達成すべきプラスの目標」があり、そのために事業の優先順位をつけて費用対効果の見極めを行うべきです。ではそのプラスの目標とは何かといえば、1人あたりのGDPであり、雇用であり、政府ということで言えば税収や経常収支でしょう。

 どうやってこの国に住む人を「食べさせてゆく」のか、そのために稼がなくてはならない額を積み上げる、そのために何をするのか、何を優先して何を切り捨てるのか、その「仕分け」をしなくてはなりません。団塊2世の出産年齢が後半に入った今、放置すれば出生数は坂道を転げ落ちていきます。電気モノの機械や、車両関係を世界に輸出するというビジネスモデルでの敗色が濃くなる中、もっと知恵と文化を結集した新産業を興さねばなりません。そうした厳しい状況だからこそ、葉を食いしばっても「死守すべき目標」を定め、そのためにムダなもの、負けの見えているものをどんどん切り捨てて、希望の残っている部分に国富を投入する、その作業が必要だと思います。

 それでは、途上国型の計画経済ではないかと言われるかもしれません。ですが、停滞から成長へと途上国がハンドルを切る際に投じたエネルギーを考えると、成熟して疲労の色の出てきた社会を反転させるのには、もっとエネルギーが必要なはずです。勿論、独裁とか非常事態とか言って騒ぎ立てる必要はありません。ですが、社会を穏やかな成長軌道に戻すためにも、達成すべき目標を設定して、何が何でも守り抜く厳しさは必要だと思います。でなければ、想像を絶するような苦難が待ち受けていると覚悟しなくてはなりません。

 通貨一つ取っても、ドルの下げ圧力が円の独歩高を招いているのは短期的な現象に過ぎず、中期的にはこのまま放置しておけば円の独歩安もあり得ます。これを回避するにはどうしたらいいのか、そして仮に超円安になったとして、どう社会全体が生き延びて行くのか、これも流れに任せていっていい話ではないと思います。とにかく「歯を食いしばっても稼がなくてはならない金額はいくらなのか? そのためにはどうやって稼ぐのか? 稼ぐために今どの投資がいくら必要なのか?」これが「仕分け」のあるべき姿ではないでしょうか?

 地方も同じです。国単位でできないのであれば、市町村で、あるいは都府県で、道州で、「稼ぐ」ための「仕分け」を行ってゆくべきです。そして本当に稼ぐことができた地方だけが生き残り、後は衰退して行く、それも恐ろしいほどの勢いで衰退して行くことを覚悟しなくてはならないのだと思います。新幹線が通ったから、ストロー効果で街が衰退したという声を良く聞きます。ですが、新幹線がストローであるのなら、大都市からヒトとカネを吸い上げる戦略を地方は持つべきで、そのために必要な投資を優先すべきです。「仕分け」というのは、そういう観点で行うものだと思います。

 自民党からは「仕分け」よりも「成長戦略」だという声が聞かれます。ですが、成長戦略とは、勝ち抜く見通しなしに自由競争に飛び込んで外資を儲けさせることでもなければ、漠然と生産者に公的資金をバラまいて保護することでもありません。本当に成長して、本当に勝ってゆくために、今、何をすべきで、何をすべきでないかを決めることです。その意味で、本当の成長戦略は民主党にも自民党にもないと言わざるを得ません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

過激な言葉が政治的暴力を助長、米国民の3分の2が懸

ビジネス

ユーロ圏鉱工業生産、7月は前月比で増加に転じる

ワールド

中国、南シナ海でフィリピン船に放水砲

ビジネス

独ZEW景気期待指数、9月は予想外に上昇
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story