コラム

留守中に広がるオバマの政治的苦境

2009年11月16日(月)15時26分

 日本では首脳会談もスピーチも、無難にこなしたオバマ大統領という印象だと思います。実際、アメリカ側の新聞などを見ていても「鳩山政権と沖縄問題などでギクシャクしていたが、関係は良くなりそう」といった好意的な記事がかなり見受けられます。その一方で、国内政治に関して言えば、アフガン増派問題、医療保険改革、テキサスでの乱射事件など、大統領には頭の痛い問題が続いています。

 更に頭が痛いのは、9・11のテロに直接関わったとされる被告の裁判の問題です。オバマ大統領の出発とほぼ同時に、問題の「グアンタナモ収容所」からNYに護送された被告は、オバマ政権の決定により「通常の刑事裁判」を「犯行の土地ニューヨーク」で受けることになりました。これが大騒ぎになっています。主として騒いでいるのは保守派なのですが「NYで法廷を開いたら犯人奪還のためにテロリストが攻撃してくる」という「懸念」報道がまず広がりました。

 これに続いて、オバマ政権としては「開かれた裁判にする」ために、あえて「軍事法廷ではなく通常の法廷で」という判断をしたのですが、そうすると「合衆国憲法」の規定のもとで裁判をしなくてはなりません。そうなると「拷問によって得た証言は無効」というアメリカの人権ルールが適用され「てしまう」という「懸念」が広がっています。弁護団は、この論点を使えば無罪も可能と息巻いている一方で、政府側は「水責め」があったのは事実だが、その他の証拠で十分有罪にも死刑判決にも追い込めるとしています。アメリカ人の大好きな法廷ドラマというわけですが、今回は相当に重苦しいことになりそうです。仮にも無罪となるようですと、オバマは政治的には苦境に立たされます。

 そんな中、「アラスカの噛みつき犬」ことサラ・ペイリン女史は、著書のサイン会のために全米を(といっても保守州だけですが)駆け回って大変な人気を集めています。また、来年の中間選挙に向けて立候補が予定されている議員の支持率をラフに全国集計したデータでは、民主党系が44%に対して共和党系が48%(CNNの数字)と与野党逆転の勢いも出てきているのです。政権にとっては危機に他なりません。

 ただ、景気に関して言えば、様々な統計や、街のムードなどから占うと「今回の歳末商戦で消費好転のシナリオ」も出てきているようで、仮に年明けから雇用が上向きになるようですと、大統領の支持率も回復することが考えられます。仮にそうだとすると、今が一番苦しい時であり、その時期に8日間のアジア歴訪に出ているオバマ大統領にはかなりの「リスクを取って」の外遊だと言えるでしょう。そう考えると、この大統領が「自分は太平洋の人間」というのは、相当な思いだとも言えます。

 その一方で、13日の首脳会談後の代表記者質問で、民放TVの記者から出た「広島、長崎への原爆投下の是非」という質問は、やはりオバマとしては「スルー」せざるを得なかったというのは仕方がないでしょう。おそらくバラク・オバマという人間個人としては、本心では否定的な見解を持っていると思いますが、合衆国大統領の立場、そして政敵に攻め込まれている現在の苦境ということを考えると、本当に答えようがなかったのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

豪、35年の温室効果ガス排出目標設定 05年比62

ワールド

CDC前所長、ケネディ長官がワクチン接種変更の検証

ビジネス

TikTok合意、米共和党議員が「中国の影響継続」

ワールド

中国国防相、「弱肉強食」による分断回避へ世界的な結
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story