コラム

Black Lives Matter、日本人が知らないデモ拡大の4つの要因

2020年06月09日(火)17時30分

magw200609_US4.jpg

聖書を手に写真撮影するトランプ TOM BRENNER-REUTERS

同様に、ホワイトハウスでの会見でトランプは「法と秩序の大統領だ」と自ら名乗ったが、「法と秩序」も黒人にとっては嫌な歴史を持つ。

この表現は1960年代の公民権運動中にリチャード・ニクソン大統領が、1980年代の麻薬戦争中にロナルド・レーガン大統領が用いたもの。どちらも黒人を厳しく取り締まることを意味し、そこから生まれた司法制度の「強化」が前述の逮捕率や投獄率などに見られる人種間の「司法格差」を著しく助長したと言われている。

トランプが芸能界の先輩レーガンと弾劾騒動の先輩ニクソンにあやかりたいのは分かるが、黒人と警察の関係改善を目指すときには絶対に使ってはいけない表現だ。

「秩序」を取り戻すために、トランプは「何千人もの重武装した兵士や軍人、警官を派遣する」と、米軍を投入する意向を示した。自国軍の銃口を国民に向けさせるのは、極めて異例なこと。これは抗議デモの参加者だけではなく、軍関係者からも反発を呼んだ。

国防長官も反対意見を示し、元統合参謀本部議長は「アメリカは戦場ではない。国民は敵ではない」とツイートした。そのとおりだが、「法に従う全市民の権利を守る」という大統領のミッションに賛同する人もいる。ちなみに、守りたい「権利」としてトランプが挙げたのは、今回のデモに全く関係ない「憲法修正第2条の権利」、つまり銃を持つ権利のみ。

国民を分断させ再選?

今こそ最も重要とされる、言論の自由、平穏に集会する権利や政府に請願する権利を保障する修正第1条には、トランプは言及しなかった。「平穏にデモをする人の味方だ」と言い張ったが、その直後、ホワイトハウスの目の前の広場で平穏にデモをしていた人々に催涙ガスを打ち込み、退散してもらった。なぜならトランプは広場を渡り、近くの教会に行きたかったからだ。

まあ、こんなときは誰もが祈りたくなる。しかし、トランプの目的は平和祈願ではなく......写真撮影。手に聖書を持ち、教会の前に立っただけ。記者に「それはあなたの聖書?」と聞かれたトランプは「これは聖書だ」と、「ジス・イズ・ア・ペン」方式で、事の無意味さを表した。

銃好き、軍好き、聖書好きな大統領のパフォーマンスに喜ぶ国民は何人かいるかもしれないが、必死に司法制度の改善を呼び掛ける国民も、必死に街を守ろうとする地方政府も、必死に平和を取り戻そうとする双方の交渉人もさらに怒っているはず。リーダーがいないままでは融和も結束もできそうにないが、それもトランプの狙いかもしれない。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ノボノルディスク、不可欠でない職種で採用凍結 競争

ワールド

ウクライナ南部ガス施設に攻撃、冬に向けロシアがエネ

ワールド

習主席、チベット訪問 就任後2度目 記念行事出席へ

ワールド

パレスチナ国家承認、米国民の過半数が支持=ロイター
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    習近平「失脚説」は本当なのか?──「2つのテスト」で…
  • 10
    夏の終わりに襲い掛かる「8月病」...心理学のプロが…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story