コラム

中国で異例の大ヒット、「一人っ子政策」の影に真正面から切り込んだ『シスター 夏のわかれ道』

2022年11月25日(金)15時45分

中国で異例の大ヒットを記録し、大きな論争を巻き起こした映画『シスター 夏のわかれ道』

<中国全土で大きな論争を巻き起こした映画、『シスター 夏のわかれ道』。一人っ子政策と家父長制の影に真正面から切り込んだ......>

中国で異例の大ヒットを記録し、興収171億円を達成したという『シスター 夏のわかれ道』は、以前取り上げたワン・シャオシュアイ監督の『在りし日の歌』と同じように、「一人っ子政策」が重要な位置を占めているが、作り手の視点には大きな違いがある。

ともに1986年生まれのイン・ルオシンとヨウ・シャオインという新鋭の女性監督と脚本家のコンビは、突然複雑な立場に追い込まれ、難しい選択を迫られるヒロインの葛藤を炙り出していく。

ヒロインは、四川省の省都、成都で看護師として働きながら、医者になるために北京の大学院進学を目指して受験勉強に励むアン・ラン。ある日、疎遠になっていた両親が交通事故で急死し、彼女の前に見知らぬ6歳の弟ズーハンが現れる。

弟が生まれたとき、大学生だったアン・ランはすでに家を離れており、ふたりは一度も同居したことがなかった。両親の葬儀に集まった親戚たちは、姉であるアン・ランが弟の面倒を見るのを当然のことと考えていたが、彼女は弟を養子に出すと宣言する。

養子先が見つかるまで仕方なく同居することになったアン・ランは、弟のわがままに閉口しつつも、思いやりの気持ちが芽生え、固い決意が揺らぎ始める。

なぜアン・ランは両親と疎遠になったのか。なぜ彼女と弟はそれほど年が離れているのか。その答えはどちらも一人っ子政策と深く関わっている。

「一人っ子政策」は中国をどう変えたのか

そんな設定と展開は、いろいろな意味で、中国系アメリカ人のジャーナリスト、メイ・フォンが書いた『中国「絶望」家族 「一人っ子政策」は中国をどう変えたか』のことを思い出させる。

一人っ子政策は1979年に始まり2015年まで実施された。本書によれば、この政策を策定したのは国防部門の科学者たちだった。経済学者や社会学者、人口学者のほとんどは、文化大革命によって意思決定の場から排除されていた。粛清を免れたのは国防部門の科学者だけで、彼らはこの政策によってどのような痛ましい副作用が起きても速やかに軽減することが可能だと考えていたという。

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『中国「絶望」家族 「一人っ子政策」は中国をどう変えたか』メイ・フォン 小谷まさ代訳(草思社、2017年)

メイ・フォンはそうした背景も踏まえて、以下のように書いている。


「中国が全国的な二人っ子政策への移行に踏みきったことは世界的なニュースになったが、一人っ子政策の副作用は今後数十年にわたって消えることはない。つまり、多くの中国人が代償を払い続けるのだ」

本作の導入部で、アン・ランは両親の遺品のなかから古い手紙らしきものを見つける。そこには、「委員会へ、娘に障害があり、第二子の出産を希望」と書かれていた。それが彼女にとって何を意味するのかは、やがて回想などを通して次第に明らかになる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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