コラム

オバマ前大統領がベストムービーに選出した『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』

2020年10月08日(木)18時10分

『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』 (C)2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

<サンダンス映画祭で監督賞と審査員特別賞をW受賞。監督の感性や実体験が結びついたリアルでしかも幻想的な魅力を持った作品だ...... >

サンダンス映画祭で監督賞と審査員特別賞をW受賞した新鋭ジョー・タルボットの長編デビュー作『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』は、タルボットと主演のジミー・フェイルズの感性や実体験が結びついたリアルでしかも幻想的な魅力を持った作品だ。

サンフランシスコで生まれ育った幼なじみの二人

白人のタルボットと黒人のフェイルズは、サンフランシスコで生まれ育った幼なじみで、本作には、ふたりが出会う以前のフェイルズの実体験が盛り込まれている。フェイルズは6歳まで黒人のコミュニティがあったフィルモア地区に家族と暮らしていたが、ジェントリフィケーション(地域の高級化・都市の富裕化)によって富裕な白人が暮らす地域に変貌を遂げ、家を失った親子は公営住宅やシェルターを転々とした。それでもフェイルズは、幼い頃に暮らした家を忘れられず、愛着を覚えていた。

監督のタルボットは、そんな実体験を生かし、フェイルズが自身を演じるかのように主人公をジミー・フェイルズとし、黒人の親友モントとの深い絆を軸に物語を綴っていく。サンフランシスコで生まれ育ったジミーには住む場所がなく、親友モントが目の不自由な祖父と暮らす家に居候している。ジミーは、彼の祖父が建て、幼い頃に家族と暮らしたフィルモア地区にあるヴィクトリアン様式の美しい家に強い愛着を持ち、モントとともに巡礼を繰り返し、そこに暮らす白人夫婦に無断で補修までしている。

そんなある日、ジミーは、白人夫婦が相続にまつわるトラブルを抱え、そこが空き家の状態になることを知る。そこで彼は、叔母に預けていた家財を回収し、モントとともに家に住み始める。しかし、家を取り戻した喜びもつかの間、ふたりは次々と悲劇やトラブルに見舞われる。

劇作家に憧れるモントは、路上にたむろする黒人グループのひとりコフィーを主人公に脚本を書いていたが、そのコフィーが不慮の死を遂げる。ジミーは、不動産業者に不法占拠が露見し、立ち退きを迫られるが、それでも家を守ろうとする。そんなジミーに背中を押されたモントは、家族や仲間たちを家に集め、追悼の一人芝居を上演するが、その舞台はジミーを巻き込み、思わぬかたちで幕を閉じる。

タルボット監督の独特の感性や表現力

本作では、ジミー・フェイルズ自身の実体験が重要な位置を占めていることは間違いないが、もうひとつ見逃すわけにいかないのが、タルボット監督の独特の感性や表現力だ。物語は、モントの家があるハンターズ・ポイントから、バスを待ちきれなくなったジミーとモントがスケートボードで移動し、フィルモア地区にたどり着くエピソードから始まるが、その数分のドラマには様々な意味を読み取ることができる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国、ハードテクノロジー投資のVCファンド設立=国

ワールド

金・銀が最高値、地政学リスクや米利下げ観測で プラ

ワールド

中国、26─30年に粗鋼生産量抑制 違法な能力拡大

ビジネス

26年度予算案、過大とは言えない 強い経済実現と財
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 10
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story