コラム

北マケドニアの自然養蜂家の女性を追うドキュメンタリー『ハニーランド 永遠の谷』

2020年06月25日(木)18時30分

アカデミー賞で初めてドキュメンタリー映画でありながら国際映画賞にも選ばれた『ハニーランド 永遠の谷』

<北マケドニアの山岳地帯で自然養蜂家の女性をカメラが追うドキュメンタリーは、リアリズムを超えた空間を切り拓いている......>

北マケドニアで作られたリューボ・ステファノフとタマラ・コテフスカ共同監督のドキュメンタリー『ハニーランド 永遠の谷』は、各国の映画祭で受賞を重ね、アカデミー賞で初めてドキュメンタリー映画賞部門だけでなく、劇映画と肩を並べて国際映画賞(旧・外国語映画賞)部門にノミネートされたことでも注目を集めた。

その舞台は、北マケドニアの首都スコピエから20キロほど離れた山岳地帯にある電気も水道もない村。主人公の女性ハティツェは、他の住人がみな去ってほとんど廃墟と化したその村に、病気で寝たきりになった老母と暮らしている。彼女は代々受け継がれてきた自然養蜂を営み、収穫した蜂蜜を自分でスコピエまで売りに行き、その収入で質素な生活を送っている。

だがある日、7人の子供を育てる遊牧民の夫婦が牛たちを引き連れて現れ、村に落ち着く。ハティツェは子供たちと仲良くなり、一家を受け入れていく。一家の主フセインは、ハティツェの仕事に興味を持ち、指導を受けながら養蜂も始めるが、やがて一家の行動が、自然と深く結びついたハティツェの生活を混乱に陥れていく。

撮影を進めている間に、想定外の出来事が起こるドキュメンタリーの醍醐味

ドキュメンタリーの醍醐味のひとつは、筋書きのないドラマだといえる。作り手が企画や撮影を進めている間に、想定外の出来事が起こり、それに対応し、掘り下げていくことで深みのあるオリジナルな作品が生まれる。本作はまさにそれに当てはまる。

リューボとタマラのコンビは当初、マケドニアの中央部を流れる川をテーマにした作品を構想し、リサーチを進めていた。そんなときに、これまで環境問題に関わってきたリューボに、スイス開発協力庁(SDC)が立ち上げた自然保護プログラムを通じて、養蜂や蜜蜂の重要性に関する作品を作る話が舞い込む。マケドニアの辺境に伝統的な養蜂を営む人々がいることを耳にした彼は、現地を訪れ、ハティツェに出会った。

この監督コンビは、最初から養蜂や蜜蜂に強い関心を持っていたわけではない。彼らがハティツェという人物とその境遇に惹きつけられなければ、この企画もどうなったかわからない。

筆者は、そのハティツェが使う、持ち運びもできて固定もできる網籠のような養蜂箱をどこかで目にした気がし、調べたら、ルーシー・M・ロングの『ハチミツの歴史』に挿入されている図版であることがわかった。それは昔の養蜂を描いた絵で、中世の養蜂箱と説明されていた。

oba0625b_.jpg

『ハチミツの歴史』ルーシー・M・ロング大山晶訳(原書房、2017年)

著者のロングは同書の冒頭で、蜂蜜について以下のように書いている。


「ある意味で、ハチミツは文明と『自然』との懸け橋になっている。産業化された食品システムが支配する現代世界から、私たちをより自然に近いオーガニックな生活へいざなってくれる、と言ってもよい。そのような生活を送れば、私たちは文化の多様性や過去からの経験や知恵にもっと触れることができるだろう」

ハティツェと出会ったコンビは、そんな作品を作っていたかもしれない。ところが、フセインの一家が現れたことで、そこにまったく違うドラマが生まれる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

世界秩序は変化「断絶ではない」、ECB総裁が加首相

ビジネス

シティ、3月も人員削減へ 1月の1000人削減後=

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、1月速報値51.5で横ばい 価

ビジネス

グリーン英中銀委員、インフレ圧力や賃金上昇指標を依
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 2
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味を帯びる「超高齢化」による「中国社会崩壊」
  • 3
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な一部」ではないと指摘
  • 4
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 5
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 6
    40代からは「積立の考え方」を変えるべき理由──資産…
  • 7
    コンビニで働く外国人は「超優秀」...他国と比べて優…
  • 8
    老化の9割は自分で防げる...糖質と結び付く老化物質…
  • 9
    宇宙人の存在「開示」がもたらす金融黙示録──英中銀…
  • 10
    湿疹がずっと直らなかった女性、病院で告げられた「…
  • 1
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 2
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 3
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレアアース規制で資金が流れ込む3社とは?
  • 4
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 5
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 6
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 7
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 8
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 9
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 10
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story