コラム

保守的なジョージア社会の一面が明らかに『ダンサー そして私たちは踊った』

2020年02月20日(木)17時30分

独立以後に成長した若い世代と年長者の間にある深い溝

2013年5月17日、国際反ホモフォビアの日(International Day Against Homophob ia, Transphobia and Biphobia)に、50人ほどのLGBTQの活動家たちがトビリシでプライドパレードを行なおうとした。そこに極右や聖職者など何千人もの抗議者たちが押し寄せ、殴打や投石によって20数人の活動家が負傷し病院に運ばれることになった。

アキン監督はこの事件にショックを受けた。アキンは1979年ストックホルム生まれだが、彼の両親はジョージアからスウェーデンに移住した。そのため彼は、ジョージアで内戦が始まる以前には、よくジョージアを訪れ、その文化に憧れを持っていた。

そんな彼は、この事件によってジョージアの独立以後に成長した若い世代と年長者の間に伝統をめぐる深い溝があることを知り、時間をかけてリサーチを行い、耳にした事実を反映したストーリーを作り上げた。トリビシにおける撮影では、多くの妨害にあい、スタッフ・キャストの安全のために現場にボディガードも置いたという。

そんな経緯をたどって完成した本作には、ジョージアの伝統と同性愛が様々なかたちで対置され、それらが最終的にダンスに集約されていく。

巧みに伝統と同性愛が対置される

本作は、国立舞踊団の稽古場で、ダンスパートナーであるメラブとマリが踊っているところから始まる。メラブの身のこなしは、しなやかで繊細に見える。講師のアレコはそんなメラブに、「釘のように硬く」とか「ナヨナヨするな、もっと銅像のように」と指示を出す。

メイン団員に1名の欠員が生じた原因は、同性愛と無関係ではない。メラブやマリの周辺には、ザザという団員の噂が広まっている。アルメニアの首都エレバンでの公演中に、そのザザが地元の男とセックスしたことが露見し、団員の男たちのリンチにあった。舞踊団をクビになった彼は、山奥の修道院に送られた。

さらに、メラブとイラクリがセックスする場面でも、巧みに伝統と同性愛が対置されている。ジョージアはワイン発祥の地ともいわれる。 そのジョージアのワインには、クヴェヴリと呼ばれる素焼きの甕でブドウを発酵・熟成させる伝統的な製法がある。メラブとイラクリは、マリの実家で開かれたパーティのあとで、広い庭の片隅に放置されていたクヴェヴリの陰に隠れてセックスするのだ。

しなやかで繊細なダンスもまたジョージアの精神を体現

ただし、伝統が、いつの時代にも常に変わらないものであるとは限らない。本作の終盤で、舞踊団の講師アレコはもがき苦しむメラブにこのように語る。

「お前には向かない。ジョージア舞踊の基本は男らしさだ。かつては繊細な踊りもあったが、50年前に変わったんだ。舞踊の世界に弱さは要らない」

ここで注目したいのは、「50年前に変わった」という部分だ。具体的なことはなにも語られないが、この言葉は国内外の情勢によって伝統もまた変化することを示唆している。

では、男らしさを求める伝統が重くのしかかる状況で、メラブはどのように自己を確立するのか。すべては、オーディションにおける彼のダンスが物語る。コンテンポラリーダンサーとして活躍するメラブ役のレヴァン・ゲルバヒアニが見せる渾身のパフォーマンスには深い意味が込められている。

本作の前半には、舞踊団のお偉方が稽古場に姿を見せ、「舞踊とは、我が国の精神そのものだ」と語る場面がある。アキンは、メラブのしなやかで繊細なダンスもまたジョージアの精神を体現しているのではないかと訴えかけている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、米との経済・貿易協力に意欲 王商務相とグリア

ビジネス

エネ価格高騰長期化でインフレ悪化も=ジェファーソン

ビジネス

マスク氏、スペースX上場で個人投資家に異例の30%

ビジネス

旧村上系がフジHDの不動産事業に買収意向、3500
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 2
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終回に世界中から批判殺到【ネタバレ注意】
  • 3
    「俺たちはただの人間だ」――BTSが新アルバム『ARIRANG』に託した想い、全14曲を【徹底分析】
  • 4
    意外と「プリンス枠」が空いていて...山崎育三郎が「…
  • 5
    デンマーク王妃「帰郷」に沸騰...豪州訪問で浮かび上…
  • 6
    まずサイバー軍が防空網をたたく
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    トランプが誤算? イラン攻撃延期の舞台裏、湾岸諸国…
  • 9
    「予想よりも酷い...」ドラマ版『ハリー・ポッター』…
  • 10
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 1
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公開...母としての素顔に反響
  • 2
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ海峡封鎖と資源価格高騰が業績を押し上げ
  • 3
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラリアの「NVES規制」をトヨタが切り抜けられた理由
  • 4
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 5
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店…
  • 6
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 7
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 8
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 9
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 10
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story