コラム

韓国の宿主とパラサイトを生む格差社会 『パラサイト 半地下の家族』

2019年12月26日(木)15時30分

韓国社会の変化という意味で注目しなければならないのはそのラスト、「殺人の追憶」というタイトルに関わる部分だ。エピローグでは時代が2003年に変わり、かつて事件の捜査にあたった元刑事が、事件の始まりとなった用水路に立ち寄る。そこで印象に残るのは、彼がたまたま出会った少女から、犯人かもしれない人物を見かけた話を聞かされることかもしれない。

しかしもうひとつ、見逃せない演出がある。事件の捜査中には、刑事たちが蓋をされた用水路を覗き込んでも、その先は闇に包まれていたが、元刑事が再びそこを覗き込むと、暗がりの向こうに光がさしているのがわかる。それは、ふたつの時代の間に時の流れだけではない大きな隔たりがあることを示唆する。たとえ事件が終わっていなくても、犯人がうろついていたとしても、それは個人の闇でしかなく、人々が共有した闇はもはや存在しない。

「貧しい者はさらに貧しく富める者はさらに富む」

では、その隔たりとはなにか。軍事政権が終わりを告げたことだけではないだろう。転職した元刑事が運転するワゴン車には、外国製と思われるジューサーの箱が積まれていた。さらに、『グエムル 漢江の怪物』(06)を思い出してみると、その変化がより明確になる。2000年に設定されたこの映画で、漢江から現れた怪物と戦う一家の次男は、大卒のフリーターで、祖国の民主化のために尽くしたのにどこも雇ってくれないとぼやいている。そんな彼は昔の経験を生かして火炎瓶で怪物に立ち向かい、ホームレスの男が彼に協力することになる。

このふたつの時代の間に起こったことと、その後の社会に及ぼした影響については、最近コラムで取り上げた『国家が破産する日』を思い出すのが手っ取り早い。20年後の現実を踏まえて1997年の通貨危機を描くこの映画で、IMFによる支援を回避しようと尽力する韓国銀行の通貨政策チーム長は以下のように語っていた。


「貧しい者はさらに貧しく富める者はさらに富む。解雇が容易になり非正規雇用が増え、失業者が増える。それがIMFのつくる世の中です」

貧富の両極にあるような家族が対置される『パラサイト 半地下の家族』には、そんな20年後の現実が独自の視点で描き出されている。その家族は、『殺人の追憶』に描かれた闇や歴史とは無関係に生きているように見えるが、そうとも言い切れない。

宿主とパラサイトの関係を生む社会的構造

そもそもなぜ人が生活するのに適さない半地下住宅が存在するのか。それは、歴史をさかのぼってみれば合点がいく。北の脅威を喧伝することで緊張感を醸成し、求心力を高めた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領は、1970年代に有事の際に防空壕になる半地下を備えた住宅の建設を推し進めた。そんな半地下の空間がやがて、低所得層が暮らす住居になっていった。

本作で最も強烈なインパクトを残すのは、半地下住宅と高台の豪邸かもしれない。なぜなら、ふたつの家族に起こる様々な出来事の大半は、ふたつの住居の構造がなければ成り立たないからだ。本作における住居は、それほど揺るぎないものとして存在し、家族をとらえていく。住人が変わったとしても、その構造さえあれば、些細なきっかけで同じようなホスト(宿主)とパラサイトの関係が生まれるのではないかとすら思えてくる。

さらに、住居と結びつくかたちで、もうひとつ揺るぎないものになっていくのが「臭い」だ。他のものは、押し隠したり、取り繕うことができても、生活のなかで染みつく臭いはどうにもならない。極端な格差によって、ホストとパラサイトとしてしか交わることができず、住居や臭いで家族の運命が左右されていくところに、本作の怖さがある。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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