コラム

変貌するカリフォルニア州オークランドの現実『ブラインドスポッティング』

2019年08月29日(木)16時24分

さらに本作には、主人公たちの心情を想像させる興味深いディテールがちりばめられている。引越し業者として働く彼らは、ジェントリフィケーションによって街を追われていく人々の姿を目の当たりにしている。マイルズは、「ヒップスターをやっつけろ 地元を守れ(Kill a Hipster Save Your Hood)」と書かれたTシャツを着ていて、そのヒップスターは高級化した住宅に暮らす新しい白人の住人たちのことを指している。また、ディグスとカザルの言葉を自在に操る能力もインパクトを生み出している。

マチュー・カソヴィッツ監督『憎しみ』を思い浮かべる

しかし、本作で最も重要なのはその構成だ。筆者が本作を観て真っ先に思い浮かべたのは、マチュー・カソヴィッツ監督のフランス映画『憎しみ』のことだ。ディグスとカザルが『憎しみ』に影響を受けたかどうかは定かでないが、『憎しみ』を頭に入れておくと、本作の構成の魅力がより明確になるはずだ。

『憎しみ』では、"バンリュー"と呼ばれる移民の労働者階級が暮らす低家賃住宅を舞台に、3人組の若者たちの24時間のドラマが、モノクロの映像で描き出される。物語は、警官隊とバンリューの若者たちの衝突から始まる。その二日前に、地元の若者が刑事から暴行を受けて重体となり、暴動が起こったのだ。3人の主人公は、人種も性格も異なる。ユダヤ人のヴィンスは憎しみを、アラブ人のサイードは麻薬取引を、黒人のユベールはボクシングを糧にしている。そして、冒頭の衝突の際に警官が紛失した銃をヴィンスが手にしたとき、ドラマが緊張感をはらみだす。

注目したいのは、ヴィンスとユベールのコントラストだ。ヴィンスはすぐ感情的になり、自分をコントロールできなくなるが、ユベールはトラブルに巻き込まれても冷静に対処しようとする。そのユベールの部屋の壁には、メキシコ・オリンピックの表彰台で人種差別に抗議して黒手袋の拳を突き上げ、資格停止処分となったスミスとカルロスの写真やモハメッド・アリのポスターが張られている。彼はおそらく差別の歴史をよく理解し、行動している。

しかし終盤で、そんなふたりの立場が逆転する。銃を手に入れたヴィンスは、憎しみをエスカレートさせていくかに見えるが、敵対するスキンヘッドにその銃口を向けたとき、引き金を引くことができない。これに対して、ヴィンスから銃を預かったユベールは、ある出来事をきっかけに深い憎しみと怒りが込み上げ、銃を手にすることになる。

オークランド版『憎しみ』が描くもの

本作は、コリンとマイルズが、彼らの仲間のデズの車のなかで腹ごしらえをしているところから始まる。その車には銃が何丁も隠してあり、保護観察の身であるコリンはそれを知って慌てふためくが、マイルズは軽い気持ちでそのうちの一丁を購入する。

つまり本作でも、白人警官による黒人男性射殺事件が主人公に影響を及ぼすだけでなく、そこに銃が絡み、ふたりのアイデンティティが対比され、緊張をはらむことになる。

黒人であるために常に警察の脅威にさらされるコリンは、冷静に行動しようとする。黒人の立場に立って状況を認識することが難しいマイルズには、先述したTシャツのメッセージが物語るように、自分を取り巻く環境を変えていくジェントリフィケーションが脅威になっている。そんな彼は、地元民でありながら、黒人の真似をする白人とみなされて怒りを爆発させ、銃で威嚇するようなトラブルを巻き起こす。

そこで、これ以上のトラブルを避けるために、コリンがマイルズの銃を預かることになる。だがその先に、コリンが自ら銃を手にするような出来事が起こる。

本作には、地元の人間ならではの興味深いディテールがちりばめられているが、『憎しみ』に通じる構成がなければ、ここまでの緊張感は生まれない。だから本作の魅力を短い言葉で表現するなら、オークランド版『憎しみ』が相応しいように思える。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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