コラム

死が遍在している都市キンシャサの愛とリアル 『わたしは、幸福(フェリシテ)』

2017年12月15日(金)17時40分

『わたしは、幸福(フェリシテ)』 (C)ANDOLFI – GRANIT FILMS – CINEKAP – NEED PRODUCTIONS - KATUH STUDIO - SCHORTCUT FILMS / 2017

<フランス映画界でもっとも注目されるセネガル系フランス人による、リアルなアフリカ。2017年ベルリン国際映画祭では銀熊賞に輝いた>

セネガル系フランス人のアラン・ゴミス監督は、長編第4作となる新作『わたしは、幸福(フェリシテ)』で、アフリカ最大の映画祭FESPACOの最高賞を前作『Tey』(12)につづいて史上初めて2度受賞する快挙を成し遂げ、さらにベルリン国際映画祭では銀熊賞に輝いた。

一気にリアルなキンシャサの世界に引き込まれる

この新作では、コンゴ民主共和国の首都キンシャサを舞台に、幸福を意味する名前を持つ歌手フェリシテの物語が描かれる。彼女はバーで歌い、一人息子のサモを育てるシングルマザーだ。ある日、その息子が交通事故で開放骨折の重傷を負い、手術をしなければ足を失う恐れがあると告げられる。だが、手術を受けるためには高額の費用の一部を前払いしなければならない。

彼女は金策に奔走する。借金の返済を渋る知人には、賄賂を使って警官を同行させ、有無を言わさず取り立てる。別れた夫からは冷たく追い返される。ついには豪邸に強引に入り込み、見ず知らずの権力者になりふり構わず泣きつく。

この映画は、フェリシテがコンゴの人気バンド、カサイ・オールスターズをバックに歌う熱気と喧騒に満ちたバーの場面で始まり、私たちは一気にリアルなキンシャサの世界に引き込まれる。そこで繰り広げられるドラマは、ダルデンヌ兄弟や以前コラムで取り上げたブリランテ・メンドーサ監督の『ローサは密告された』のように、窮地に立たされたヒロインを手持ちカメラで追い、間近に見つめる作品を思わせるかもしれない。

アピチャッポンの世界を連想させる

しかしそれは、ゴミスのスタイルの一面に過ぎない。映画には、フェリシテが夜の森を彷徨う場面が頻繁に挿入されるようになり、もうひとつの世界が切り拓かれていく。さらに、音楽もカサイ・オールスターズと対置させるように、エストニア出身の作曲家アルヴォ・ペルトの静謐な楽曲が、キンシャサを拠点とするアマチュア交響楽団の演奏で流される。

闇に包まれ、生き物の気配が漂う森という異空間は、アピチャッポン・ウィーラセタクンの世界を連想させる。実際、ゴミスは、アピチャッポンが大好きで、最も興味深い映像作家のひとりと評している。但し、この映画の森の表現が、アピチャッポンの影響の産物とは限らないし、ゴミスには彼なりの狙いがある。そこで、森という異空間との絡みで、ふたつの点に注目しておきたい。

ひとつは、ヒロインに対するゴミスの視点だ。フェリシテと前夫のやりとりからは、彼女が「強い女になる、世の中を見返す」と見得を切って彼を捨てたことがわかる。具体的なことは語られないが、彼女は社会的な抑圧から自由になるために、誰にも頼らない生き方を選ばざるを得なかった。そして、そんな人生が打ち砕かれたとき、森に分け入っていくことになる。

もうひとつは、死に対するゴミスの視点だ。セネガルのダカールを舞台にした彼の前作『Tey』では、24時間後に死ぬ運命にある主人公が、生と死の狭間で自分を取り巻く世界、その過去や未来、そして自己を見つめ直していく。それを踏まえるなら、この映画の現実のキンシャサと幻想的な森は、生と死の世界を象徴していると考えたくなるが、ふたつの世界の関係はそれほど単純ではない。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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