コラム

死が遍在している都市キンシャサの愛とリアル 『わたしは、幸福(フェリシテ)』

2017年12月15日(金)17時40分

「Financial Times」のゴミスのインタビューによれば、彼が初めてキンシャサを訪れたときに最も衝撃を受けたのは、死が遍在していることだった。「そこではほとんどの葬儀が戸外で行われる。中央広場を歩けば、弔花の店ばかりが目につく。平時にこれほど頻繁に死を思い出させる場所は他に思い当たらない」

ゴミスは、映画でも短い時間ではあるが、死が遍在する都市としてのキンシャサをしっかりととらえている。フェリシテが金策のために二人乗りのバイクで移動しているとき、道路脇では葬儀が行われている。彼女はそれを見ながら通り過ぎるだけだが、カメラは棺を囲んで悲嘆に暮れる女性たちの表情まで映し出す。そして、フェリシテがさらに先に進むと、道路脇に弔花の出店が並んでいるのが目に入る。

だから、森に対して現実のキンシャサを単純に生の世界と位置づけることはできない。キンシャサは90年代からモブツ政権の腐敗、内戦、飢餓や貧困などによって夥しい数の死者を出し、死が遍在する世界になっていった。そうした混乱のなかで、カトリックやプロテスタントに代わって、キリスト教原理主義が急速に広がり、黙示録の世界観が人々の日常に浸透しているという指摘もある。いずれにしてもそこに遍在しているのは、キリスト教という宗教によって形作られた死である。

根源的な死の世界を切り拓こうとする

ゴミスはそんな現実を念頭に置いて、根源的な死の世界を切り拓こうとする。そう考えると、映画にちりばめられたディテールが興味深く思えてくる。

フェリシテは、金策のために訪れた叔母から、ある秘密を打ち明けられる。彼女は2歳頃に重い病気で一度死んだが、葬儀をしようとすると生き返った。そこで両親は、カピンガという名前をフェリシテに変えた。そんな彼女にとって、森は時間をさかのぼり、フェリシテ=幸福を探し求める瞑想の空間になる。

「神様に必要なのは魂だけ、肉体は必要ない」

さらに、もうひとつ見逃せないのが、フェリシテが故障した冷蔵庫の修理を頼むタブーという男の存在だ。彼はフェリシテが好感を抱くような人物ではない。冒頭のバーの場面では、たらふく飲んで酔っ払い、女たちを口説いてまわり、冒涜的な言葉を吐いて怒った客たちから袋叩きにされる。

しかし、彼が吐き散らす言葉はなかなか示唆に富んでいる。たとえば、「神様に必要なのは魂だけ、肉体は必要ない」と言って女を口説く。フェリシテを取り巻く人々は、なにが起こっても神の思し召しとみなす。彼女の息子が事故に遭ったことも、彼が死ななかったことが神様の思し召しになる。そんな世界のなかで、映像が強調するタブーの肉体は、何者にも束縛されない。

タブーがそんなはみ出し者であることと、彼の声が森にまで届くことは無関係ではないだろう。他の人々から見れば、彼は相変わらずの飲んだくれだが、フェリシテにとっては、彼女を導く詩人や預言者のように変貌を遂げていく。

この映画は、キンシャサをその歴史や宗教を踏まえ、死が遍在する都市として見ることによって、神話的ともいえる物語やヒロインが見出す"幸福"がより深い意味を持つように思える。

《参照/引用文献》
Alain Gomis on Felicite and feeling like an immigrant everywhere | Financial Times
Interview: Alain Gomis Talks Story, Style, Inspiration & World Of 'Tey' | IndieWire


『わたしは、幸福(フェリシテ)』
12月16日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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