コラム

異才ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督独自の世界が切り拓かれた:『ブレードランナー 2049』

2017年10月26日(木)14時00分

続編としての展開だけが見所というわけではない── 『ブレードランナー 2049』

<『ブレードランナー』から30年後の世界が描かれる『ブレードランナー 2049』。圧倒的なヴィジュアルや強烈な存在感を放つキャラクターには、カナダの異才ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の独自の視点や世界観が埋め込まれている>

快進撃を続けるカナダの異才ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が完成させた『ブレードランナー 2049』では、『ブレードランナー』から30年後の世界が描かれる。その間に、ネクサス8型レプリカントを製造していたあのタイレル社は、レプリカントが何度も反乱を起こしたために、製造停止に追い込まれて倒産。今では、その資産を買い取った企業家ウォレスが、従順なネクサス9型を製造している。そして、寿命制限のないネクサス8型の残党は、"解任"の対象となって追跡されている。

この映画の主人公は、その旧型を追うブレードランナーのKだ。冒頭で農場に潜伏していた旧型を解任する任務を果たしたKは、枯木の根元に不審な箱が埋められているのに気づく。回収された箱からは、30年前に埋葬されたと思われるレプリカントの骨が発見される。上司のジョシから骨の調査を命じられたKは、人間とレプリカントをめぐる秩序を崩壊させかねない重大な秘密を解き明かしていくことになる。

ヴィルヌーヴ監督が追究する「記憶の力」「過去の力」

この映画には、リック・デッカードが再登場し、彼とレイチェルのその後も明らかにされる。だが、続編としての展開だけが見所というわけではなく、しっかりとヴィルヌーヴの作品になっている。圧倒的なヴィジュアルや強烈な存在感を放つキャラクターには、彼の独自の視点や世界観が埋め込まれている。但し、ネタバレは極力避けたいので、内容にはあまり踏み込まない。

ヴィルヌーヴは海外の複数のインタビューで、この映画の脚本に惚れ込んだ理由について、彼がこれまでの作品で追究してきたテーマを扱っていたからだと語っている。彼はそれを「記憶の力」や「過去の力」というように表現している。

では、ヴィルヌーヴはそんなテーマをどのように掘り下げてきたのか。彼の監督作は、カナダで評価を確立するまでの作品とアメリカに進出してからの作品に大きく分けられる。前者では、監督だけでなく脚本も手がけているのに対して、後者では脚本にクレジットされていないからだ。ここで筆者が注目したいのは前者の作品だ。そこからは、記憶や過去に対する一貫した視点が浮かび上がってくるだけでなく、ヴィルヌーヴが新作の脚本に惹かれた別の要素も見えてくるように思える。

ヴィルヌーヴの原点といえる短編『REW-FFWD』(94)については、彼の前作『メッセージ』を取り上げたときに詳しく書いた。そのユニークな構成には記憶や過去への強い関心が表れている。映画の冒頭に主人公の記憶や経験をすべて記録したブラックボックスと呼ばれる装置が映し出され、タイトルが示唆するように巻戻しや早送りの操作を行うことで、彼の意識の変化や解放が浮き彫りにされていくからだ。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザ市で退去命令に応じない住民が孤立 イスラエル軍

ワールド

ローマ教皇、イスラエル大統領と面会 ガザ恒久停戦呼

ビジネス

米労働生産性、4─6月期は3.3%上昇に上方改定 

ビジネス

米新規失業保険申請は8000件増の23.7万件、予
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 3
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 7
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 8
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 9
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 10
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story