コラム

トルコの古い慣習に自由を奪われた5人姉妹の反逆

2016年06月02日(木)11時00分

 閉ざされた空間から浮かび上がる現実には、この映画と共通点がある。なかでも筆者が特に注目したいのが、ナフィーシーが「私の魔術師」と呼び、彼女の助言者になっている元教授との対話だ。不幸な運命にある学生たちにどう対処すべきなのか判断しかねている彼女に対して、彼はこのように語る。


「で、どうやって、幸福を追求するのは彼女たちの権利だとわからせるつもりだい? 犠牲者みたいにふるまうように勧めることじゃないだろう。彼女たちは自分の幸福のために闘うことを学ばなければならないんだから」
「でもそれが理解できないかぎりは、政治的自由は個人の自由がなくては成り立たないことを理解せずに、政治的自由を求めて闘いつづけているかぎりは、僕らはその権利には値しないんだ」

 エルギュヴェン監督も同じような問題意識を持ってこの映画を作っている。制作の過程では姉妹の人数を減らすべきというスタッフの意見もあったようだが、この映画では主人公が5人姉妹で、末っ子ラーレの視点が中心になることに意味がある。たとえば、自分の婚礼の日に自棄酒をあおる次女に、ラーレは逃げるように説得する。次女からは「どこへ逃げればいいの? イスタンブールは1000キロ先よ」という言葉が返ってくる。三女はさらに深い絶望にとらわれ、悲劇的な運命をたどる。

徐々に自己を確立していく末っ子ラーレ

 このドラマには、姉妹にとってロールモデルとなるような人物は存在しない。だが、ラーレは、姉たちが実際にどのように犠牲者となっていくのかを目の当たりにしていくことで、徐々に自己を確立していく。

 サウジアラビア初の女性監督になったハイファ・アル=マンスールの『少女は自転車にのって』(2012)では、女性のひとり歩きや車の運転が禁じられた世界のなかで、少女がなんとかして自転車を手に入れ、男の子と競争しようとすることが個人の自由を象徴していた。

 ラーレは、なにかと彼女を助けてくれるスーパーのトラック運転手と信頼関係を築き、運転を習おうとする。その行動は、イスタンブールまで1000キロという距離に絶望してしまった次女と無関係ではない。さらに、姉妹を縛り付けていたものが役に立つこともある。彼女たちが暮らす家には、窓に鉄格子まではめられていたが、籠城を決め込むときにはその家が頑丈な砦になる。

 この映画では、姉妹の繋がりや舞台の細部までもが密接に結びつけられ、ラーレが目覚め、体現する個人の自由へと集約されていくことになる。


《参照/引用文献》
『テヘランでロリータを読む』アーザル・ナフィーシー 市川恵理訳(白水社、2006年)

○映画情報
『裸足の季節』
監督:デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン
公開:6月11日(土)シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
(c) 2015 CG CINEMA - VISTAMAR Filmproduktion - UHLANDFILM- BamFilm - KINOLOGY KINOLOGY

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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